肉筒を満たしていく(※R18)

 風の匂いが濃い。甲板に降り立ちながら、シルバーアッシュはそう思っていた。
 彼は数カ月ぶりに、ロドス本艦を訪れているところだった。今日から数日間ここに滞在する予定であり、ドクターにもそれは知らせてある。ドクターもまた、都合を合わせて二日間の休みを取ると言っていた。
「午前中に定期健診を受ける予定だから、君がロドスに着く頃にはちょうど終わってると思う」
 数か月前に聞いたその言葉を思い出しながら、シルバーアッシュは端末を起動した。ドクターからの通知は特に来ていない。まだ検査が終わっていないのだろうか。彼は少し迷った末に、執務室へと足を運んだ。たとえ休みであろうと、ドクターが訪れる場所としてはそこが一番可能性が高かった。

 ドアをノックしてから中に入る。扉を開けた瞬間に、中にいた四人のオペレーターが一斉にこちらを振り返った。おそらく、今日の秘書当番なのだろう。普段は簡易な応接室として使われているローテーブルに、書類やファイルが大量に積まれ、雑然としている。ドクターが休みのうちに、溜まっていたファイリングを済ませてしまおうと思ったのかもしれない。机上には書類の他に菓子も置かれている。事務仕事中というより、学生が集まってテスト勉強をしているかのような雰囲気があった。
 秘書当番と呼ばれているものの、仕事内容は軽作業に近い。勤務中の飲食や雑談、居眠りもドクターはさして咎めないらしい。ロドスに来て間もないオペレーターに、一種の「慣らし」として配属させることもあるとシルバーアッシュは知っていた。
「ドクターは?」
 特に名乗らないまま、シルバーアッシュはそう訊ねた。カランドの腕章を見れば大方予想はつくだろうし、四人のうち一人は、何度か顔を合わせたことのある者だった。
「ドクターは今日お休みですよ」
 出入り口の一番近くにいたオペレーターが応対する。少年と言ってもいい見た目の、きれいな顔をした子供だった。どことなく、ドクターに雰囲気が似ている。
「知っている。定期健診はもう終わったのか」
「……検査のデータがさっき送られてきたので、終わってはいると思います」
「結果は?」
 オペレーターが、見つめ合ったままこころもち首をかしげたように思えた。まだ幼さの残る声が、はっきりとこう告げる。
「あなたには教えられません」
 何度か顔を合わせたことのあるオペレーターが、こちらに駆け寄りながら慌てて付け加える。
「ドクターから直接聞いてみた方が良いですよ。今はほら、個人情報とかもありますし」
 駆け寄ってきたオペレーターが、少年の肩に手を置く。そこに必要以上の力が込められていることは、シルバーアッシュの目から見ても明らかだった。少年は、不思議そうな顔でその手を見つめている。
 「ドクターが顔を出したら、私が訪ねてきたことを伝えてくれ」と言い残し、シルバーアッシュは執務室を去った。彼は特別、気分を害しているわけでもなかった。あの少年の目には、敵意も疑心も浮かんでいなかったためである。ただ、奇妙な生き物を前にしているかのような目で、シルバーアッシュを見ていた。奇妙な、自分の知らない世界で生きている動物であるかのように。

「シルバーアッシュ?」
 ドクターから電話がかかってきたのは、それから数分後のことだった。
「もしかしてもうロドスに着いてる?」
「ああ。お前は?」
 廊下を歩いていたシルバーアッシュは、端に移動してから端末の画面を見た。テレビ通話になってるのだが、どこかのテーブルにでも置いているのか、薄暗い天井が映っているだけだった。スピーカーに設定したと思い込んでいるのかもしれない。ドクターの声と一緒に、なぜだか雨音じみたものも聞こえてくる。
「さっき検査が終わって、部屋でシャワー浴びてるんだ」
 背後で聞こえる水音は、どうやらそれであったらしい。ドクターの白い裸体が、狭く薄暗い浴室でシャワーを浴びている姿を彼は想像した。
「ちょうどいい。お前の部屋に向かっているところだ」
「そう? なら良かった。じゃあ切るね」
「風呂に入るならちゃんと電気はつけろ」
「なんで分かったの?」
「画面を見返してみろ」
 一瞬のまの後に、映像が大きくブレたかと思うと、ドクターの片目が画面いっぱいに映りこんだ。大きな目の、まつげの先が濡れて束になっている。画面越しとはいえ、至近距離で見つめ合っているという事実に、胸がざわめくのを感じた。
「ああ」
 低い声がそう頷くのと、通話が切られるのはほとんど同時だったように思う。シルバーアッシュは、まだそこに気配が残っているかのようにしばらく画面を眺めていたが、数分後にはドクターの私室に向かって歩き出していた。

 ドクターは普段から換気をする習慣が無いらしい。そのせいか、いつ部屋を訪ねても空気が淀んでいる。今回もまたそうだったのだが、今日だけはドクターが風呂上がりなのもあって、石けん混じりの甘い匂いがうすく充満していた。
 スウェットの上だけを身に付けた彼が、ベッドに座ったままシルバーアッシュを振り返る。サイズが大きすぎるせいで、尻まですっぽりと隠れているのだが、細い脚が太ももまであらわになっていた。薄暗い室内で、その脚が目を焼くように白い。
 ひさしぶり、とドクターが言う。本当にその通りだとシルバーアッシュは思った。目の前でこまやかに動く唇も、目にかかる前髪の影も。数年ぶりに見たような心地がした。
「君も浴びてきたら?」
 長旅で疲れただろうし、というドクターの提案にシルバーアッシュは従った。バスルームの床はまだ湿っていて、ついさっきドクターの体を洗い流したものなのかと想像する。ボディソープを手に取る。彼が普段使っているものよりずっと安物の、けれども香りだけはひどく甘ったるい泡だった。
 彼はふと、自身のモノが既に硬く張りつめているのに気づいた。まだ相手に触れてもいないのに、と内心苦笑する。ここで抜いてしまおうかと悩んだものの、ドクターの視線や口元を思い出すと、ひどく惜しいことのように思えた。
 結局、上がる頃には収まっているだろうと見当をつけたのに、バスローブを羽織る頃になってもそこはまだ硬さを保っている。バスローブと下着。それがシルバーアッシュがドクターの部屋に置いている、唯一の私物だった。ゴムを持参したことはなかった。「君にばかり任せるのも悪いから」と言って、ドクターが自分で買って、自分の部屋に置いている。どんな顔をしてそれを買い足しているのだろう。それはシルバーアッシュの脳裏に頻繁に浮かぶ疑問だった。
 バスルームから出てきた彼を、ドクターはちらりと一瞥しただけで視線をすぐに端末に戻した。布地を押し上げているものを見たのか見ていないのか、判断のつかない視線だ。シルバーアッシュはドクターの真横に並んで座った。腰を下ろす際に、色の薄い髪をいとおしげに指でもてあそぶ。
「検査結果は?」
「全部良好」
「『お前にしては』だろう?」
「まあね」
 結果が表示された端末をドクターが手渡す。受け取ったシルバーアッシュは、何度かスクロールするものの「良好」と本人に伝えられたからには、それ以上深掘りする気はなかった。それよりも、彼の意識は肩にもたれかかる重みに全て注がれていた。
 部屋が静寂で満たされる。ここからどう、話を繋げるべきか。シルバーアッシュが内心そう思っていると、「ねえ」と横から声をかけられた。
 見ると、すぐそばに置いてあった箱を、ドクターが手に取るところだった。煙草の箱ほどの大きさをしている。さっきは端末に隠れていて、気づきもしなかった。両手の指先で大事そうに持ったそれは、たとえばバレンタインデーで、可愛らしい女の子が意中の人に渡すチョコであるかのようだった。透き通った爪と、パッケージに書かれた「0.01mm」の字。
「今日はするの?」
 張りつめていた糸を、ぷつりと切られたような気がした。口元まで掲げながらドクターがそう訊ねた時、白く細い手首は既に掴まれ、シーツに縫い付けられようとしていた。

 もしシルバーアッシュが自分の趣味嗜好を聞かれたとしたら、特別何かが好きということはない、と答えるだろう。しかしドクターの方からすると、このひと、ずいぶん足を舐めるのが好きなんだな、と以前から思っているようだった。
 足指の隅々まで、シルバーアッシュの唇が這わせられる。「くすぐったい」とドクターが身をよじるのを、逃げるなとばかりに指の股へ舌をねじ込んだ。足の指一本ずつを口に含む。固い爪の感触まで、この小さな足指に添えられたものだと思うと、彼は愛おしくてたまらなかった。顔を寄せるたびに、石けんの匂いが鼻をかすめる。清潔で甘やかなその匂いに、これから汚していくのだという興奮で体が熱を帯びた。
「さっき、お前を探しに執務室まで行った」
「そう」
「若い男がいたな」
 ドクターはほんの一瞬考え込んだ後、「ああ」と今日の当番表を思い浮かべて相槌を打った。
「いい子でしょ、彼」
 シルバーアッシュの唇が、足首からふくらはぎへと上っていく。かかとを支えていた手が、今度は膝裏を掴んだ。
「私について、あの男に何か言っていたか?」
「『明日友達が来るんだよ』って、言った気がする」
「ともだち?」
 肌に唇を押しつけたまま、シルバーアッシュは笑った。ともだち。それはシルバーアッシュに対して使うのなら、ひどく奇怪な言葉に思えた。少なくとも、ドクターの友人と聞かされて、シルバーアッシュがそうであると結びつく人間がいるだろうか? 友人という役割を当てはめるなら、むしろ秘書当番をしていた少年の方がずっと違和感のない見た目をしているだろう。シルバーアッシュがその「ともだち」であると、あの少年が気づいていたのかいないのかは、誰にも分かりはしないが。
「どうしたの」
 ドクターが不思議そうに尋ねる。
「嫉妬したとか言うつもりじゃないよね」
 それを聞いて、シルバーアッシュは愉快そうに唇を歪めた。「いや、」と笑みを含んだ声で否定する。
「あれくらいの歳の子供なら、友人とどう過ごすのだろうと思ってな」
「そりゃあ、一緒に買い物に出かけた、り、」
 熱い舌が、太ももの内側をかすめた。
「学校の帰りに、みんなでクレープを食べたり、一緒に映画を見に行って、感想を言い合って、好きな本、を、」
 脚の付け根までたどり着いた口が、ゆるく勃ち上がっていたものを咥えこんだ。ぬかるんだ熱に包まれて、ドクターが甘い声を上げる。
「他には?」
「あ、あ、あ、知ら、ない、」
 嬌声に合わせて、口の中のものもぴくぴくと跳ねる。その感触に満足しながら、「ともだち」と聞かせられたあの子供は、こんなことをしているなんて思いもしないだろうとシルバーアッシュは考える。こうやって、ベッドの上でもつれ合って、性器を舐め合うようなことを。
 口の中でゆるく吸い上げると、先走りがとろとろと舌上にあふれていく。そうしながら、自身のモノに痛いほど血が集まっていくのを彼は感じた。シャワー中から既に昂っていたそれは、刺激を求めて物足りなさそうに呻いている。自分でも、よくここまで持ったな、と思うほどだった。ドクターに愛撫をしてやればやるほど、この小さな口で同じことをしてもらえたら、という妄想で脳が焼き切れる。気がつくと、口から陰茎を抜いて立ち上がっていた。
「口を、」
 仰向けになったドクターの顔を跨いで、そう言った。起き上がろうとした彼をベッドに縫いとめて、半開きの口に無理やりねじ込む。こうした方が、より深くまで咥えてもらえると知っていた。
「んううぅ」
 一気に押し込んだために、整った眉が歪められる。苦痛を浮かべる可憐な顔は、よくない種類の興奮をシルバーアッシュに連想させた。滴るほど垂れていた先走りが、ドクターの口の中にたっぷりと収められる。少女めいた唇は、こういったものを咥えこむために作られてはいないのだろう。それがひどく背徳感を駆り立てた。ドクターはやはり苦しげな表情をしていたが、それでも応えようとしているのか、口の中で懸命に舌を動かそうとする。触手が這いまわるような感触をしていた。
「動くぞ」
 ゆったりとした動きで、律動を始める。ドクターの様子を窺いながらであるために、普段のピストンよりずっと慎重に動かした。それでも、ずっと我慢していただけに得られる快楽は圧倒的だった。濡れて狭い中を行き来する感覚。ドクターが時々頬をすぼめる。その拙い愛撫さえも、確かに快楽を拾わせていた。
 腰の動きを速める。喉の締め付けが強くなった。呑み込み切れなくなった唾液と先走りが、小さな口の端からあふれ始めていた。博を気遣うより、快楽を追うことに脳がシフトしていく。ふたり分の荒い呼吸だけがその場に響いていた。貪っている、とシルバーアッシュはそう思った。少女めいた顔形をしたこの男を、犯しているのではなく貪っているのだと。
 喉奥を突く。ごぼ、と泡立った唾液が口の端に溢れて、大きな目が一瞬天を向きそうになった。さすがにまずい、と思ってシルバーアッシュは口から怒張を引き抜いてやった。数分ぶりに見る自分のモノは、先端の赤黒さがいっそう濃くなっているように思える。そこに血が集まりすぎて、身じろぎするだけでも痛い。体を起こし、ドクターに覆いかぶさって正常位になる。自然とお互いのモノが擦れ合った。ドクターが子猫のような声を上げる。
「いきそう」
「このままでもか?」
「うん」
 シルバーアッシュは一瞬、意地悪げにくちびるの端を片方だけ持ち上げた。試しに密着したまま腰を揺すると、ドクターが「んぁ」と声を漏らす。素股ですらないじゃれ合いのような児戯なのに、それで昂りを覚えるドクターが可愛らしくて仕方がなかった。前同士を擦り合わせたまま後ろに指を入れてやる。ほんの入り口をかすめただけなのに、穴が指を締めつけた。
「一度出しておけ」
 シルバーアッシュはそう言うと、本格的に腰を前後させ始めた。カリ首の、出っ張った部分が何度もひっかかる。男同士でしか得られないその感触が気持ちいい。指を入れた後ろも、きついくらいに締めつけてくる。
 ドクターの快楽の波が、触れ合った肌のざわめきから分かる。指を絞る強さからも。自慰と同じくらいゆるやかな波だった。
 来る、と先に理解したのはシルバーアッシュの方だった。一拍遅れて、ドクターの目が一気に見開かれた。嬌声が喉を出かかる。シルバーアッシュが、唇を合わせてそれを飲み込んだ。
「ん、ぅ、ぅ~~~~~~~…………」
 絶頂に合わせて、びゅる、とドクターのモノが精液を吐き出す。シルバーアッシュの方は、未だ達していなかった。熱を保ったままの陰茎に、ドクターのものが放たれて濡れていく。
 合わさった口の中で、嬌声と、互いの吐息と、口に含み合った先走りと唾液とが混ざり合う。ひどく淫らな音がした。絶頂の波に合わせて、後ろに入れていた指を奥へと押し進める。射精が終わって、余韻が体に残るだけになっても、慣らすために中で指を泳がせ続けた。

 息を整えるのに合わせて、白い胸が波打つ。それを眺めながら指を引き抜いた。いつもより、穴が慣れるまでが早い。ただの気のせいか、それとも前を擦らせ合うのがそんなに良かったのだろうか。
「はやくいれて」
 まだ息の整っていないドクターが、そう懇願する。
「まだ早い」
「今日はだいじょうぶ」
 呼吸に合わせてヒクつく穴は、これ以上ないほど劣情を煽ってくる。本当なら、今すぐにでも入れたいほどだった。その、崩れかけた自制心を見抜いているのかいないのか、掠れた声が付け加える。
「君が来る前に、ひとりで『遊んで』たから」
 髪から覗く耳が、赤い。遊んでいた? シルバーアッシュはすぐにはその言葉の意味を理解できなかった。理解した瞬間、酸素の薄まりつつあった脳みそに、劣情と興奮がじわじわと染み込んでいくのを感じた。
「こわい顔」
 冗談混じりの声を聞いて正気に返る。見ると、遠くに放り出していたゴムの箱を、ドクターが手繰り寄せて封を開けようとしているところだった。幼い指が、てらてらと透けたピンク色のゴムをつまんでいる。
「煽っているつもりか?」
 シルバーアッシュはゴムを受け取ると、自分で陰茎に被せ始めた。グロテスクに膨らみ切ったそれが、蛍光ピンクの薄皮に包まれる。ひどく馬鹿馬鹿しい光景に思えた。しかし、それを凝視するドクターの喉から、こくりと唾を呑み込む音がして、思考が一気に戻される。
 華奢な体を折るように、仰向けに押し倒した。ドクターの目が、物欲しげにシルバーアッシュのモノを見つめている。その視線を意識しながら、彼はじれったいほどの遅さで、くぷ、と先端を入口に沈めた。
「あ、」
 濁点交じりの声が上がる。そのまま、ず、ず、ず、と時間をかけて押し込んだ。自分の怒張によって、ドクターの表情がどのように乱れていくのかを目に焼き付けたかった。
「は、ひい、ぁ、ああ、」
 視界の中で、ドクターの顔が乱れ、蕩けていく。目が潤んで、口がだらしなく開いた。眉が寄せられていく。少女めいた顔、とはもう形容できそうになかった。神聖さを感じ取るには、あまりに淫らな表情だった。根元まで残り数センチにまでなった時、勢いよく奥まで叩きつけた。大きな目の、焦点が一気に遠くへ霞む。
「お前は、こっちの素養もあるのかもしれないな」
 涙で潤んだ目がこちらを睨む。気にせず、本格的にピストンを始めた。引き抜いては叩きつける。亀頭、カリ首、幹、根本。全部が肉の筒で扱かれている。気が遠くなるほど気持ちが良かった。今にも暴発しそうなほどであったけれど、それでも絶頂を後に引きのばした理由は、乱れるドクターの姿を楽しみたかった以外にない。
 時々、小休止のように腰を大きく回してやる。そうすると、細い腰が浮き上がって、小さく痙攣するのがたまらなく愛おしかった。すっかり勃ち上がったドクターのモノが、律動のたびに前後に揺れて、パタパタと先走りをまき散らす。
「だめ、」
 ドクターがいやいやをするように首を振った。
「あ、あ、もう、いく、だめ、ねえ、はやい、」
 逃げるように腰が浮き上がる。シルバーアッシュはそれを追って、さっき以上に激しく中へ叩きつけた。肉筒が締まる。身体の方は、口よりもずっと正直だと思った。
「こうされたくて、お前は『遊んで』たんだろう?」
 そう囁かれたドクターは、ぐしゃりと顔を歪めた後、両腕で顔を覆い隠した。腕から覗く顔が赤い。シルバーアッシュの脳が、引き絞られていく。「あの」ドクターを辱めたのだ、という事実。興奮が、彼のピストンを速めていった。
 華奢な体が、人形のように揺さぶられていく。肉筒の扱く波がいよいよ速まった。持っていかれる。そうシルバーアッシュは咄嗟に思った。最奥に叩きつけるのと、声にならない声をドクターが上げるのは、ほぼほぼ同時だった。
「~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!…………」
 爪先が宙を裂く。両足がピンと伸ばされた。こまやかな痙攣が体を襲う。受け止めきれない快感が、彼の体を満たしていった。昇りつめた場所から、すぐには降りてしまわないように、シルバーアッシュがゆるやかに腰を前後させて快楽を足す。伸ばしに伸ばした吐精の快感は、頭がおかしくなるほど気持ちよかった。注ぎこみながら、ドクターの胸や、口元や、柔い指先がどう悶えているのかを視姦する。ゴムに覆われているのが惜しいくらい、いくらでも注いでしまえそうな気がした。

 射精が終わる。シルバーアッシュは怒張をゆっくりと引き抜いた。ソレ自体はきちんと肉筒を離れたものの、あのピンクのゴムは、あまりの締め付けに穴の中に留まっていた。伸びた口の部分が、尻尾のように穴からはみ出して垂れさがっている。
 ふたりの行為の中で、これはよく見る光景だったが、そのたびにシルバーアッシュはたまらない気持ちになる。こんなにも狭く窄まった場所を、自分は犯したのだという実感を得るからだ。
 それを指でつまんで抜き取ると、口を結んでゴミ箱に捨てた。室内の空気はさっきよりずっと淀んでおり、荒い息遣いだけが部屋を満たしている。シルバーアッシュの陰茎は、出したばかりだというのにもう硬さを取り戻していた。羽虫がそこを這い回っているような、もどかしさが喉の渇きのように湧いて出る。気がつくと、ドクターが頭を持ち上げてこちらを見ていた。どうした、と尋ねるより先にドクターが口を開く。
「もう大きい」
 子供じみた口調。どこか呆然とした声は、独り言のように聞こえた。
「おもしろいか?」
 わざと冗談めかしてそう聞き返すと、恥ずかしげに目を逸らして、またシーツへと顔を伏せる。シルバーアッシュの唇の端が、無意識のうちに持ちあがっていた。悪戯を思いついた子供のような手つきで、箱から新しいゴムを取り出す。好きな子を虐めようとする子供の気持ちが分かるような気がした。ピリ、と封を開ける音に、ドクターが背中を向けたまま様子を窺い始めたのが分かる。
 さっきと同じように、ゴムを隙間なく被せる。シーツを這って、ドクターのすぐそばまで近寄った。薄い背中は、全身でシルバーアッシュの挙動を感じ取ろうとしている。細い腰を掴んで引き寄せた。ドクターは抵抗するそぶりを見せない。先端を穴のふちに押し当てる。
「色情魔」
 枕に顔を押し当てたまま、ドクターがぼそりと言うのが聞こえた。
「そうだろうな」
「ふぁ」
 ずりゅ、と勢いに任せて滑り込ませる。中の肉が一気に締まった。腰を引き寄せ、バックの体勢になる。汗の浮かんだ肩甲骨。見た目だけなら、二回りは歳の違いそうな体だろう。
 シルバーアッシュは腰を叩きつけた。今度は時間をかけたりもせず、ただ頭に浮かんだ快楽の地図に沿うように、怒張をねじ込んで、ギリギリまで引き抜いてを繰り返す。
「あ、あ、すご、反ってる、」
 途切れ途切れにドクターが喘ぐ。シルバーアッシュは、腰を掴む手に力を込めると、ドクターが膝立ちになるように体を持ち上げた。背後の分厚い体に、浅く腰かけるような形になる。そうなると、反りかえった怒張の先がいいところを引っ掻くのだ。
「は、ひぃ、ひ、ぁ、」
 ドクターの陰茎から、とろとろと先走りが垂れ始める。内ももを伝い、シーツに染みを作った。それが劣情の証のようで、気を良くしたシルバーアッシュがより激しく腰を叩きつけた。快感に崩れ落ちそうになる体を、背後からのピストンで元の姿勢に突き戻す。
 一発出したおかげか、シルバーアッシュの思考はさっきより随分クリアになっていた。どうすればこの恋人が喜ぶのか、どこを突けばより感じ入るのかが見えているかのように分かっている。突きながら、両腕を掴んで無理やり後ろに引き寄せたり、痛いほどに胸の先端をつまんでやる。途端に薄い体がわなないた。シーツによだれが垂れていく。時折痛くしてやると、この体は面白いほど感じやすくなる。ドクターの真下には、おもらしをしてしまったかのように先走りが垂れ、水たまりを作っていた。
 恋人に体の隅々まで暴かれ、性感帯を知られていることを、他でもないドクターが一番理解していた。こうやって突かれながら、自分の敏感さが恥ずかしくなって、その羞恥がより快感を増していく。
 波が足先を濡らすように、ひたひたと絶頂が迫りつつあった。来る、とドクターは身構える。あとひと突き。それだけで昇りつめられる。快感を前に、無意識に体を強張らせた。しかしながら、望んだものはやって来ない。腹の底から快感が逃げていく。奥を突いていたはずの肉棒は、中途半端に抜き取られた形で浅いところを行き来していた。
「あ、あ、なんで、」
「こうした方が、お前も楽しめる」
「そんなわけ、が、」
 ずぷ、と抽送が再開される。肉の壁と棒とが擦れ合って、それだけでドクターは「あ」と甘い声を上げた。また絶頂が近づく。今度もまた、シルバーアッシュはあからさまにピストンを遅らせた。そして、こねるように腰を回す動きに変える。最奥へ叩きつけられるのを期待していた体は、むず痒いような快感に物足りなくなった。達する前の、ぶわりと汗が吹き出すように開いていた毛穴が、一粒ずつ芽を潰していくような甘やかな刺激に悶えていく。
「や、いじわるしない、っで、」
 あまりに切なくて、自分から腰を振って一人で昇りつめようとする。しかしドクターのそれはあまりに拙くて、ガクガクと震える腰では浅く咥えこむしかできない。それでも良いところに当てようと、怒張の動きを追おうとする。そんな浅ましい行為をしている自分を俯瞰し、また脳が焼き切れていくのを彼は感じた。
「いかせてっ、いかせて、いかせて、しるばーあっしゅっ、」
 昇りつめさせては引き戻す。それを何度も繰り返して、中がぐずぐずになって、吐精混じりの先走りがぴゅる、と出て、脚も腰もガクガクになって、じっとりと全身が汗ばんでしまう頃に、ドクターはなりふり構わず恋人に懇願した。
 絶頂まであとひと波。ひとしずく。そこまで来ても、きっとまたいかせてはくれないのだろうと思っていた。だって、こんなにも焦らされてしまったから。できるだけ深くまで咥えこもうと、腰をくねらせる。ピストンの勢いが増していることに、気づけるはずもなかった。
「いかせっ、てっ…………?」
 息が止まる、どちゅ、と奥をえぐられた。今まで避けられていた場所を、貫こうとしているのが分かった。体が硬直する。とどめとばかりに、もう一度最奥へ叩きつけられて、体は一気に高みへと押し上げられた。
「~~~~~~~~~~~っっっっ!?!?!?!?!」
 ぷし、と音を立てて潮を吹いた。頭が真っ白になっていく。気持ちいい、という言葉さえ頭に浮かばなかった。あんなに揺すっていた腰を、逃げ出すために浮かせようとする。それを、骨ばった手が押さえ込んだ。痕がつきそうなほど強く掴まれ、いちばん奥の、いちばんきもちいいところに、先端を押し込まれたまま固定される。ゴム越しに奥へ注がれる感覚と、尿道を通り過ぎていく潮の感覚に、仰け反りながら身もだえるしかできない。
 長い潮吹きが終わっても、彼の尿道は物足りないという風に小さく口をぱくぱくさせていた。それを見たシルバーアッシュが、掻くようにして穴の縁に爪の先を引っかけてやる。びくんと全身が跳ねた後に、ほとんど透明な精液が吐き出された。半ば放心しているドクターは、声すら出せずにされるがままになっている。ただ、ぴくぴく震えながら吐精する姿を、シルバーアッシュは黙って眺めた。それが終わってようやく、彼の怒張が後ろから抜き取られることとなった。

 ドクターはすっかり力尽きて、ぐしゃりと崩れ落ちるようにシーツに突っ伏してしまった。シルバーアッシュは一発目の時とは違い、ゴム部分を手で押さえつけながら穴から抜き取った。人工的な膜にきちんと覆われて、先端にたっぷりと液を溜めたモノの姿が現れる。水ふうせんのように膨らみ切ったゴムの姿は、あまりに滑稽で笑えてきそうだった。
 ふと、伸びて半透明になったうすピンク色のそれに、執務室にいた少年の瞳を彼は思い出した。ドクターと自分が、こういうことをする関係であることに彼はいつ気づくだろうか。こんな風に、少女じみた体を暴いて、肉の筒を犯しているような関係であることを。あの聡い瞳を思い浮かべると、そう遠くない未来のことのように思えた。