こういう仕事をしている時の常として、業務期間を自由にできないのは仕方のないことだ。依頼があればいつであれ飛び込む。勿論俺に断る自由はあるのだが、それが女の子に関わるトラブルであればすぐにでも解決してやるのが俺の主義であり美徳だ。そんなわけで帰省ラッシュに若干被さる形で予約した新幹線で、俺は会いたくもない奴と相席になった。
「そんなに嫌でしたか」
「当たり前だ」
斜め向かいの席に座っている美空を睨みつける。席に着く直前、窓から外を眺めている横顔に「まさか」と思ったが、まさか本当にこいつだとは思わなかった。車掌に行って席を変えてもらうのも考えたが、辺りを見渡すと満席と言うほどでないにしても席が埋まっている。どこに行っても誰かと相席になるだろうと分かり、俺は諦めた。
「毒島さんと会うのも久しぶりですね」
「ああ」
「死んだ人と会ったような心地ですよ」
「馬鹿にしてるのか?」
「それくらい意外だったという意味です」
確かに、こいつとは死んでいるのか生きているのかも分からないくらいには連絡を取り合っていない仲だ。ここでばったり出くわさなければ、あと五年は見かけない期間が増えていたのかもしれない。そう思うと、こいつの白い顔や唇が、やけに生々しく記憶に迫ってくるような気がした。
俺は何か言ってやろうとして、伏せた目元に視線が吸い寄せられる。こいつはこんなに濃いまつ毛をしていただろうか? 前から女のような顔だとは思っていたが。考えるより先に、手が伸びていた。軽く身を乗り出して、美空の眼前まで届いていたところで、握りかけた拳が空振る。直前で美空がわずかに顔を引いたのだ。
「なんですか」
珍しく、こいつが戸惑う顔を見せた。
「化粧してるのか」
「してませんが」
俺の視線が目元に留まっているのに気づいたのか、美空が指で自分のまつ毛を撫でる。もちろん、その白い指には埃ひとつさえ付いていなかった。
「女性の顔を見慣れすぎましたか」
美空にしては皮肉の混じった、こちらを面白がるような声だった。笑みを浮かべた隙に、女のような唇の隙間から、舌と白い小粒な歯が覗いている。ほんの数ヶ月、こいつとつるんで神明会の奴らとのゴタゴタに巻き込まれていた期間もあったが、こいつの粘膜と歯を見たのは初めてなような気がした。
「うるせえ」
俺は答えながら、もう一度あの舌先を見れないだろうかと思った。