弟は嘘の思い出話を作り上げるのが得意だった。全く自然な口ぶりで、あったわけもないことを話し、時々私もそれに騙されそうになった。
例えば、「子供の頃の俺は全然ものを知らなかった」という出だしから始まるこの話だ。「俺は全然ものを知らなかったから、俺はいつか姉さまと結婚するんだと思っていたし、できるものだと思っていた」
しかしこれが事実ではないことは明白だ。彼の言う「子供の頃」に、私たちは出会っていない。
私は時々、不思議な気持ちになる。私たちがお互いの存在を認知するより前に、本当に弟は存在していたのだろうか? 突然空から降ってきたかのように、もしくは自然発生したかのように、彼が現れたようにしか思えない。彼が私の「弟」になるより以前に、彼には彼の人生があったというそれだけの事実が、私には奇妙なことに思た。
弟の発想と相対するように、私もありもしない記憶を空想してみようとする。例えば私が十代前半の頃、弟はまだ十を越えていないだろうから、私にとっては可愛い盛りに違いない。姉弟に限らず、きょうだいというものは歳が近ければ近いほど衝突するし、反対に離れていれば実子みたいに可愛がれるものだと私は思っている。多分、抱っこをせがまれたらすぐにしてやるだろうし、脚に引っ付かれても苛立ちすらしないだろう。
弟は色が白くて綺麗な顔立ちをしているので、そこから幼い頃の顔を想像するのは容易い。縦に縮めて頬をリスみたいに膨らませてやればほぼ当てはまるだろう。
そこまで考えて、私は空想するのをやめた。過去の記憶に浸るのは孤独な老人みたいで馬鹿馬鹿しい。それが架空の思い出話ともなると、老人をとび超えて狂人になってしまう。感傷するのは数年先にとっておこう。もしかしたらその頃には弟と別離しているのかもしれないし、お互いのことを無かったことのようにして一人きりで生活しているのかもしれないが、そんな未来が訪れていたとしたら、せめて別れ際は穏やかであって欲しいと思った。笑顔で手を振り合って、数年後にまた巡りあえるみたいな顔をして離れられたらいい。