珍しく、弟がカードゲームに誘ってきた。弟が選んだのは神経衰弱だった。私が割と好きなゲームだ。チェスやらオセロのような、頭を使う遊びは好きじゃない。半分くらいは運が絡んでくるものではないと楽しみ甲斐が無いというのが私の持論だ(このせいで、「姉様は絶対にギャンブルにのめり込むからしない方がいい」と弟に言われている)
弟が持参したカードがテーブルに広げられる。先攻は弟の方になった。弟がカードを二枚裏返す。当たりだ。ハートとスペードの三。運の良いことだ。カード二枚が弟の手札として回収される。そのまま弟がカードをひっくり返す。どちらも八。また二枚彼の手元に渡る。次も弟の番。ダイヤとスペードの二……
「はい、俺の勝ちー」
伏せられていた五十二枚のうち二十八枚、つまり半分以上を弟が手札にしたので、強制的に私の負けになった。私は一度もカードに触れてすらいないのに。
弟は得意げに、手元のカードの束でシャッフルしてみせる。その手つきは危なげない。弟は器用だからこれくらい数秒ほど練習したらすぐにできるだろう。私は今でもできた試しがない。
「どんな手を使ったの」
「それを当てるのが姉様の仕事でしょ」
「帰るわ」
私が腰を浮かしかけると、弟が慌てて種明かしをすると言い出した。
「絵に細工はしてないみたいね」
弟が口を開く前にそう告げた。カードの裏面、つまり神経衰弱中に表になっていた方には、トランプによくある棘が複雑に絡み合った絵が描かれている。弟が三回連続で当てた時点で、イカサマをしているのだろうと気づいた。弟が選ぶ二枚を注意深く観察してみたが、そこに目印になるような違いはなさそうだった。
「紙質だよ」
「紙質?」
「カードの紙質を変えてるんだよ」
弟がメンコのように、一組ぞろいのカードをテーブルに投げる。その二枚をよくよく観察してみると、他のカードに比べて表面に光沢があるように見えた。また別のカードがテーブルの上に置かれる。それはやや表面が和紙のように毛羽立っている。本当に注意深く観察しなければ分からないほどの、些細な違いではあったが。
「どうやって手に入れたの」
「印刷所に頼んでオリジナルのカードを作ってもらったんだ。同じ図面で、違う紙質を注文してさ」
だって姉様も、最初にカードの図柄ばっかり見て細工してないか見抜こうとしてたでしょ。絵にしか注目していないと紙質なんて意外と目に入らないもんなんだよ、と。
「五十二種類の紙質で?」
「いや二枚一組だから二十六種類」
「五十二枚×二十六種類ぶんってこと?」
二枚だけ注文した方が高くつくだろうから、どうせトランプのワンセットで依頼したのだろうと推測すると、弟は頷いた。馬鹿馬鹿しい。それにかかった手間や時間や金額を思うと、どんな見返りがあっても元は取れない、というか取り返せても虚しいだけだ。そんな私の気持ちを読んだのか、弟が言う。
「だって考えてみてよ。このカードで酒場か賭博場にでも行けばイカサマし放題でしょ。いくらでも稼げるに決まってる」
私は好きにすればと言った。数日しないうちに、弟の野望は途絶えた。何故ならそういう場所で行われるカードゲームは、たいていが店側で用意したカードを使うのが普通だからだ。お小遣いをはたいた結果がこれかと私は思った。