「姉さまは自分の顔の良さに甘えてるよね」
ある日弟がそう言ってきた。
「世の中には太る自由さえない顔をしているのがいっぱい居るんだよ。ちょっと顔に肉がついただけで、人間か動物かでいえば動物くらいの顔面になる奴が男も女も居るんだからさ。少なくとも自分の顔立ちについて悩んだことのない姉さまは、充分容姿に恵まれてるんだよ」
というのが弟の主張だった。
認めたくないが事実なのかもしれない。私は自分の容姿が他人より優れているのか否かについて興味を持たずに生きてこれたが、「興味を持たずにいた」というそれ自体が美醜で困った事がないことの裏付けであるような気がしてくる。
それでも弟にこう言われた直後は、ひどく意地悪な物言いに思えて腹を立てたものだ。どうしてもやり返してみたくて、「そういうあなたは自分の顔についてどう思ってるの」とその場で尋ねた。我ながら良い返しだったのではと思うのだが、弟の返答は
「姉さまに似てきれいな顔だよ」
というものだった。嫌な答え方だ、と私は思った。
弟の趣味は学校をふけてあちこちぶらつくこと、そして私についての様々なことに口出しすることである。
前述した会話もまさにその趣味によるもので、長く一緒に過ごしてきた相手とは必然共通の話題ができるものだけれど、私と弟との間にある共通の話題はまさしく「私」についてだろうと、冷静にそう考える。
弟は多分、魅力的な人物なのだろう。側から見ると、快活で社交的な性格に見えるのだが、実際は社会生活というものを小馬鹿にしているし、集団で何かをすることに意味を見出せない(なので学校もまともに行かない)上記の会話のように、陰湿なところもあるし他人を軽視しすぎるところがあるのでは、と思わせる時もある。
しかし頭の回るところ、はっきりとものを言う様子が、それらを補って余りある魅力を持たせていたと思う。弟は学校では遠巻きにされていた。いじめられていたのではなく、むしろ逆に弟がクラス全員をいじめていた、と言われた方が納得できる堂々とした振る舞いをしていた。遠巻きにしつつも、クラスメイトは弟が何か一言でも言ってみせれば、すぐに心酔したのではないかと思う。
弟はその気になれば、なんでも叶える事ができたし、何かをしようと思い立った次の瞬間には、それを達成しているようなことが多かった。「弟はそれがなんであれ絶対に成し遂げてしまえる能力を持っている」本気でそう思えてしまう時が私には多々ある。彼ができないと主張する物事は、大抵彼自身がやる気を出さず興味を持っていないだけだ。やろうと思えば全て他人よりできてしまうに違いない。
弟の声には魔力、もしくは権威めいたものが含まれていたに違いない。おそらくその場で初めて顔を合わせただけの相手にも、一言二言交わすだけで言うことを聞かせることができただろう。
しかし不思議なのは、弟自身はその権威に気づいていないばかりか、私が弟に対して抱いている印象を、そっくりそのまま私に抱いているらしいことだった。
「姉さまの言うことは、全部予言みたいに聞こえる」
弟は時々不思議そうにそう言った。
もし本当にそう思うのなら、私の言葉が特別な力を持っているのではなく、私の言葉が実現するよう、弟が無意識下で働きかけているのではないかと思っている。