ここにいる魔法使いのほとんどは、賢者様を子供だと思っているだろう。
そりゃ数百年以上生きていれば、二十数年という時間は瞬きするのと同じくらい短く感じるだろうけど、俺を含めた千を超える歳の魔法使いだって、二十を過ぎた人間が大人であることをちゃんと理解しているのだ。ただ自分より年下だからという理由で、人間を子供扱いするような事は決してあり得ない。俺たちと彼らが持ち合わせる時間の差異をきちんと擦り合わせて、大人として対応するのが普通だ。
それなのに、ここにいる魔法使い達は、どうしても彼を子供扱いしてしまう。俺やオズ、スノウ様やホワイト様は勿論、彼と同世代であるカインやクロエ、そして年下であるはずのシノやヒースでさえも、自分よりずっと小さな子供であるかのようにして、彼の言動に微笑んだり呆れたりしてしまう。その扱いを察した賢者様が、時々拗ねるようにして怒るのをよく見かけるけれど、やっぱり俺たちはその認識を改めることができずにいる。
どうしてそう子供扱いしてしまうのかというと、まあ理由は数え切れないほどたくさんある。例えば、可愛らしいものが好きで、猫が好きで、それを隠そうともしないところ。好奇心旺盛で、すごく無邪気で、俺たちをすぐ信じるところ。俺たちに偏見を持たないところ。俺たちを嫌わないところ。俺たちに優しくするところ。こんな風に、両手の指では足りないほど、彼を子供たらしめる理由はいくらでもある。それを免罪符のようにして、俺たちは今日も、彼を無垢な赤ん坊のように扱ってしまうのだ。
けれど、本当は、彼が子供ではないことを俺たちはきちんと理解している。実年齢云々という意味ではない。彼の精神が、年齢に見合って成熟したものであることを、魔法使い達は皆薄々気がついているはずだ。
だって、彼の生来のものであるように見える、あの優しさだって、きっと長い年月を経てやっと身につけたものなのだろう。目を覆いたくなるほど誰かに傷つけられて、そして時々誰かを傷つけて、そうして手に入れたもののはずだ。賢者様があまりにも際限なく、なんてことないように俺たちを慈しんでくれるから、時々勘違いしそうになるけれど、対価も無く与えられて良いはずがないのだ。俺たちには不相応すぎるほどの情を、賢者様が見返りも求めず容易く与えるので、彼が無垢で無邪気な子供みたいに思ってしまう。ガラス細工を手に取るみたいにして俺たちに触れる手や、微笑を浮かべた口元や、そっと囁くあの声が、いつだって俺たちを傷つけることがないようにと、細心の注意を払っていることを、魔法舎にいる誰もが既に気がついている。
それなのに、どうして賢者様を子供扱いするのかって? そんなの、決まっているだろう。彼が大人である事実に、俺たちが耐えられないからだ。
だって、考えてみて欲しい。何百年も、何千年も、大多数に忌み嫌われて、除け者にされて、おぞましいものを見る目をされて、差別されてきた者たちが、無償の愛を注いでくれる存在を見つけたら? 俺たちが嫌われ者だって、大きな隔たりのある生き物であることに気づいても尚、慈しんでくれる人が目の前に現れたら。俺たちは多分、何を犠牲にしても彼を手に入れたいと思うだろう。賢者様に縋り付いて、引き止めて、きっと彼を手元に置こうとする。彼の愛情を得るために。
だから、俺たちは自分自身に言い聞かせるのだ。あの子は子供だから。物を知らないから。無知だから。無邪気だから。俺たちを愛してくれるのは、きっと今だけだ。大人になったら、俺たちを嫌いはしないだろうけど、現実を知ってしまうだろう。同じ「人間」の群れに加わりたがって、俺たちとの間にさっと線を引く。そう思わないと、期待してしまう。彼が元の世界を忘れて、俺たちの手を取ってくれることを望んでしまう。
俺たちは彼が大人である事実から目を逸らして、今日も彼のそばに居座り続けるだろう。俯くように笑った顔や、少しも怯えず俺たちに触れる手を感じるたびに、きっと胸を引き裂かれる。「ずっとここにいて欲しい」と懇願しそうになって、寸前でそれを押さえつける。私欲に駆られて手を伸ばすたびに「俺は元の世界に帰ります」と拒絶して欲しい。自分勝手な子供みたいに、俺たちの手を振り払って欲しい。泣き喚いて欲しい。親元に帰りたいと駄々をこねて欲しい。
そうでもしないと、きっと俺たちは取り返しのつかないことをする。
だから、俺たちは今日も目を逸らす。無垢で無邪気で、物を知らない可愛い子供の賢者様。俺たちが君を傷つける前に、さよならをしよう。
俺がもう一度、君に手を差し伸べるその時は、きっと「籠絡」なんて言葉は使わない。逃げ場の無い言葉で、誰よりも君を追い詰めるだろうから。