同棲クレトゥイ(2/3)

※米国の制度などかなり捏造しています

 

クレイグの職場は、サウスパーク外のオフィス街に存在する。いつもと同じ時間に家を出て、職場まで車を走らせたクレイグは、しかしフレキシブルタイムをここぞとばかりに利用して、午前10時近くには職場近くのカフェに到着していた。
カフェの中には、平日の午前中にも関わらず数人の客が居座っていた。クレイグは店内を見渡した後、目当ての人物を見つけ、テーブル席の対面に座る。クレイグはスーツのジャケットを椅子の背にかけながら、挨拶もせずにこう口にした。
「ユダヤ教ってのは、ダサい格好をしなきゃいけない規律でもあるのか?」
その言葉に対面に座る赤毛の男は、眉を片方だけ吊り上げた。男はグラスのいちごオレを一口すすった後、叩きつけるようにしてコースターにグラスを置いた。
「お金を取ってもいいんだよ。友達のよしみだからってタダにしてあげたけど」
「別に仕事を頼んだつもりはねえよ。ただ話を聞いてくれるかって話しただけで」
「あっそ。じゃあもう出て行っていい?他に用事があるんだ」
そう言いながら、男は腕時計に目を落とし苛々とした様子を見せる。それがクレイグへの当て付けではなく、本心からの態度に見えたので、不思議に思ったクレイグは男へ問いかけた。
「なんだよ。今日はもう仕事は無いんだろ。それとも、そのダサいセーターで客に会うのか?」
「スタンと一緒にランチの約束をしてるんだよ」
それを聞いて、クレイグは聞かなければよかったと心底思った。クレイグは改めて、目の前に座る男____カイル・ブロフロフスキーを眺める。耳にかかる赤毛と、ピンク色のセーターにベージュのチノパン。見るからにゲイ臭いダサさだ。クレイグは”ゲイ”として他者にカテゴライズされることには何の抵抗も持っていないのだが、この垢抜けない男と同じ種類の人間として見られるのだけは、絶対に嫌だと思った。
「ねえ、君も会社員なら分かると思うけど、スタンの昼休みは限られてるうえに短いんだ」
「まだ10時だぞ」
まさかこの男は、クレイグが2時間以上もの時間をかけて、トゥイークとの日々について長々と相談という名の惚気をするつもりで誘ったと思っているのだろうか。クレイグは面倒ごとは出来るだけ手短に済ませたいと思う性分であったし、相手を巻き込むのであれば、それに見合った対価____特にカイルのように弁護士といった専門家であれば____を払いたいと考えるほど根が真面目だった。
「それにしたって、トゥイークだって着ないだろうな。そのゲイ臭いピンクのセーターは」
「サーモンオレンジだ!」
カイルは店内に響くほどの声を上げた。怒りからカイルの首筋が真っ赤に染まり、カイルの赤毛と相まって、ゲイ臭い色のセーターがより奇妙な色合いに見えた。
そんな風にして、クレイグとカイルは久しぶりに顔を合わせたのだ。

「で、君の要求を一言でまとめると『ミスター・トゥイークからこちらへの接触を法的に禁止したい。けれど君の配偶者……トゥイークからミスター・トゥイークへの接触は禁じられないようにしたい』で合ってるよね?」
カイルの言葉に、クレイグは重々しく頷く。それに対してカイルは、”苦虫を噛み潰したような”という表現が誰よりも似合いそうな顔を浮かべ、言葉を吐き出した。
「あのね、君が言うような要求は、僕たち弁護士からするとただのわがままでしかないし、個人間での話し合いとか取っ組み合いで勝手に解決して欲しいんだよ。昼下がりのドラマで目にする嫁姑問題みたいに」
「俺は嫁じゃないし、あのキンタマ野郎は姑じゃない」
「知ってる」
クレイグは椅子に深く腰かけ直し、ため息をついた。クレイグとて、こんな馬鹿な願望を法的に解決できると本気で思っていたわけではない。ただ、万が一にでもそういった法的措置が存在する可能性にかけて、こうして弁護士のカイルを呼び出したのだ。しかし、このカイルの反応からすると措置の存在についての答えは「ノー」なのだろう。仮に「イエス」だとしてもクレイグたちの案件は接触禁止を言い渡すには根拠材料があまりにも少なすぎるに違いない。なにせ、リチャードはクレイグたちに暴力を振るっているわけでも、暴言を吐いているわけでもないのだ。ただ、二人の間に横たわるロマンチックな空気を破壊し尽くしているだけで。意気消沈するクレイグの姿を見て、カイルはいちごオレの底に沈んでいた苺を奥歯で噛み潰しながら、しみじみと言う。
「僕って、世界で一番最悪な義父と巡り合ったと思ってたんだよね。でも、クレイグのところよりは1ミリくらいはマシかもしれない」
「お前のところは……。ああ、あいつか」
クレイグはエレメンタリー時代の記憶を手繰り寄せ、カイルの言うところの「義父」____スタンの父親の顔を思い浮かべる。髭を生やしているのに、妙な幼さと活力に満ちた、満面の笑みが頭の中に浮かび上がった。おかげでクレイグは、その不愉快な映像を振り払う努力をしなければならなかった。
「その口ぶりだと、随分苦労してるんだな」
「そうなんだよ!この間だって____」
何故カイル・ブロフロフスキーがランチの時間に間に合うかを、午前10時から気にしていたのかが分かった。何故ならカイルはそれから1時間かけてクレイグに愚痴を語り尽くしたからである。おそらくカイルにとって、自分たちゲイカップルの近況を話すのに1時間から2時間かけるのは当たり前のことなのだろう。
カイルの言うことによると、ランディ・マーシュはカイルを「弁護士だから」という理由で、ランディの誕生日会や、家の雪かきや、ワインの試飲パーティー、くだらない映画の試写会へと日常的に付き合わせているらしい。そしてその全ての出来事で、カイルの弁護士としての技能が求められた事は無いらしい。
カイルが一つ一つのエピソードを事細かく説明しているのを、クレイグは大人しく聞いていた。これは彼の性格を思うと、ひどく珍しいことだった。普段のクレイグならば、カイルがエピソード一つ分話終えるのさえ待たずに、この場を去っていただろう。しかし今回ばかりは、カイルの愚痴の数々はクレイグの胸にかかる暗雲を晴らしていた。解決策を提示しなくても、共感するだけで救われる人間もいる____クレイグはそのことを改めて認識することになった。カイルからランディに向けた怒りは、激しく、鋭角的で、侮辱に満ち溢れており、それはクレイグがリチャードに抱く感情にも似ていた。そのためカイルの愚痴を聞くのは、まるで自分の考えを肯定されているような気分になり心地良かったのだ。
カイルの1時間にも及ぶ1人語りによって、ランディの誕生日にはスタンランディカイルの順で横並びになりランディと肩を組んだ写真を撮ったこと、ランディの作った音楽に合わせて馬鹿みたいな踊りをし、その映像を使ったMVがYouTubeに投稿されたことまで、クレイグは知ることができた。カイルがひとしきり語り尽くし、3杯目のいちごオレの注文をした際、クレイグは流れを断ち切るつもりで(流石の彼も、話を聞き続けることに飽きていた)1時間ぶりに主体性のある言葉を口にした。それまでのクレイグは「ああ」とか「へえ」という言葉しか口にできていなかった。
「そうまでされても、ランディと縁を切ろうとはしなかったんだな」
クレイグの言葉に、カイルはぱちりと瞬きをした後、一瞬の間を置いて言葉を返した。
「まあね。だっていつかは、僕らの子供として養子を迎えたいと思ってるし」
その言葉に、クレイグはわずかな疑問を抱いた。カイルの声色は「いつでも頼れる実家がある方が、突然の急病なんかの時に頼もしいから」「援助してくれる近親者の存在が欲しいから」以上の、達するべき義務について話すような口ぶりだった。サウスパークでの養子を迎える条件として、互いの実家の存在は必須ではなかった筈だ。クレイグの思考を読んだのか、カイルは言葉を続ける。
「この街の出身者で養子を迎えたいなら、互いの両親との友好的な交流が続いてるのは、必須条件だと思った方がいいよ。サウスパーク出身者は、みんな福祉課にマークされてるからね。暗黙の了解で条件が厳しく設定されてると思っておいて損はないよ」
クレイグは思わず身を乗り出した。
「……おい。おかしいだろそれは。サウスパーク出身だからってなんでそこまでされなきゃいけないんだ」
「僕らが”サウスパーク”なんて土地で生まれ育ったから、それ以外の理由なんてないよ」
カイルは首をすくめた後、焦らすようにいちごオレをひとくち口に含んで、言葉を続ける。
「この町の住人の死亡率を調べたことはある?乳幼児死亡率は?馬鹿みたいに高いよ。ここの住人は人を育てる能力が欠落してるって、この国の福祉に携わる人間はみんな思ってるね」
クレイグは思わずテーブルに肘をつき、そこに頭を埋めた。突然つきつけられた現実に狼狽えると同時に、苛立ちがふつふつと湧いて出る。
嗚呼、またこれだ。何故自分たちが幸福を掴み取ろうと思った時、周囲の環境が邪魔をするのだろう。