不道徳なパラレルワールド(※R18)

※せつらの倫理観が終わってます

※夜せつ屍せつメフィせつごったまぜです

肌を這い回る舌は、鳥肌が立ちそうなほどに冷えている。けれど、体が火照り始めると、それは心地よい冷たさにとって変わるのだ。
「夜香、舐めるの上手だね」
「そうですか?」
「うん」
せつらが頷くと、彼の下腹部に顔を伏せていた夜香は、顔を上げてにんまりと微笑んだ。
不思議な微笑だった。
飼い主に褒められて誇らしげにしている忠犬のようでもあるし、恋人の淫らな本性を探し当てて愉悦に酔っているようでもある。
ふたたび白い肌を愛撫し始めた夜香は、しばらくするとせつらの膝裏に手を添えて、晒された後孔にまで舌を這わせた。
「う」
冷えた舌先が、窄まりをなぞるように行き来する。
シーツに投げ出されたせつらの手が、愛撫に合わせてぴくぴくと跳ねる。もし鍵盤の上にその手が置かれていたならば、どんな天上の調べよりも美しい曲を奏でただろう。
夜香の唇が窄まりに吸いつく。吸いつきながら、舌先でくすぐる。
足をばたつかせたくなるような刺激だった。
「さすが、倫敦帰り」
さっきから一人で身悶えしてるのが気恥ずかしくなって、気を紛らわすために思ってもいないことをせつらは口にした。
夜香が苦笑する気配がした。
その直後に、返事の代わりなのか後孔へ舌先がねじ込まれる。
熱を帯びた粘膜に冷えたものが押し付けられて、白い裸体が小さく跳ねた。
「それ、やだ」
「我慢してください」
言うようになったな、と悪態を吐こうとしたせつらだったが、あられもない声が出てきそうになって慌てて口をつぐんだ。
浅いところで、夜香の舌先がくねる。冷えた感触は後孔を反射的に窄ませる。
夜香の舌はいま、熱い粘膜に扱かれているような感触を得ているのかもしれない。
ちゅぷ、くちゅ、という水音は、この場にそぐわない可憐さを持ってるように思えた。
せつらが夜香のモノをねだったのは、我慢ができなくなったのではなく、丹念な奉仕に対する居心地の悪さのためだった。
「夜香、はやく」
「まだです」
「いいから」
「裂けるかもしれません」
ゾッとするようなことを言う夜香に、せつらは気にせず嫌々をした。
「裂けたら、メフィストに診てもらえばいい」
室温が二度ほど下がったように思えたのは、気のせいだろうか。
「気が変わりました」
「なに?」
「挿れます」
「どうぞ」
ファスナーを下ろす音が、どこかあからさまに聞こえたのは何故だろう。
せつらは全裸であるのに対し、夜香はほとんど着衣を乱してなかった。
体温の低い吸血鬼と肌を寄せ合ったせいで、せつらが冷えるといけないから、というのが彼の言い分なのだが、フェティシズム的なものを感じるのは気のせいなのか。
膝裏に差し込まれていた手によって、せつらの体はでんぐり返しの途中のように、ほぼ二つ折りの状態にされた。
「苦しいよ」
「こっちの方がきっと楽です」
脚の間から、こちらを見下ろす夜香の顔が覗く。
端正な顔立ちを見て、やっぱりハンサムだなあとどこかとぼけた事をせつらが考える。
照明を背にしたことで、影の落ちた顔の中で両目だけが爛々と光っているのは、彼自身の昂りによるものもあるだろう。
太く膨らんだモノが後ろに添えられる。
せつらの顔が僅かばかり歪んだ。
次の瞬間に来るだろう圧迫感を予期してのことだった。
夜香はその顔をじっと見つめた。
見つめながら、勢いよくせつらの中へねじ込んだ。
せつらが今度こそ顔を歪めた。
男の昂りを示すそれは、いつも予想以上の質量をもってせつらの中を犯す。
「あ、あ、あ」
夜香の腰つきは乱暴だ。
激しく出し入れされるたびに、雄の匂いをさせる液体が窄まりから滴り落ちそうになる。
中を行き来するモノと、体を押さえつける手と、脚に触れるさらさらとしたスーツの、それぞれの違う感触がせつらの頭をぐちゃぐちゃにする。
「あまり、喘がないでください」
「なんで」
せつらの声には、吐息がたっぷりと含まれていた。
「血を吸いたくなります」
せつらは笑った。
顔を背けて、頬の下のシーツを噛んだ。
夜香の視線は、目の前に晒された白い喉に注がれていた。

それから数時間後、せつらは深夜の<新宿>をうろついていた。
もう一時間もすれば、空が白んで青く透き通り始めるはずだ。
コートの中の体は、特有の気だるさを纏わせては、深夜の冷気に身を任せている。
その怠ささえ楽しみながら、せつらは夜道をふらふらと歩いていた。
彼の目が爛と光ったのは、前方に見慣れた後ろ姿を見つけたからだ。
服の上からでも分かる体格の良さと、人目を引く花柄のコート。
せつらは音も無く、滑るように男の背後へと近づいた。
そして、コートの肩口に手を添えながらこう言った。
「こんばんは」
芒洋としたその声に、コート姿は一瞬だけその身を固くした。
おそらく、せつらからは見えない男の手元に巨大な銃が出現し、すぐに懐へ仕舞われたのだろう。
肩越しにちらりと振り返った男は、うんざりしたような声を出した。
「不審者かと思ったぜ」
「その通りだと言ったら?」
せつらは屍刑四郎の横に並んだ。
そのまま、仲の良い友人のように二人で歩き始める。
「今帰り?」
「まあな。残業だ」
「大変だね」
全く感情のこもっていない声である。
二人は黙々と歩き続けた。屍は「こいつ何処までついてくる気だ」と内心不気味がっていた。
その疑問が解けたのはすぐだった。
白い手が、屍の腕をするりと取ったのである。「おい」と咎める声も気にせず、せつらは心持ち身を寄せてこう言った。
「休憩したくない?」
その声は愉しげですらあった。屍がげっと声を上げる。
「また悪癖が出た」
「どーも」
「残業帰りなんだ、こっちは」
「疲れてないくせに」
おそらくせつらの言う通りなのだろう。この<凍らせ屋>が残業の一つや二つで疲弊するとは思えない。
「警察と仲良くしてると噂が立つぞ」
「今さら」
せつらは腕を取ったまま独り言のように「行きたいな」と言った。
何処に、とは言わなくてもお互い分かっている。
屍は、どのタイミングで手を振り払うか、隙を窺っているような顔で歩き続けた。
こりゃ今日は無理かな、とせつらが諦めかけた瞬間、隣でため息が聞こえた。
腕が振り払われたかと思うと、その手でせつらの手首を掴み直した。
「…………」
そのまま、無言でせつらを連れて行く。
これではまるで連行される犯罪者だ、とせつらは思った。
もしくは、迷子になっていた子供を連れて行くか。
もしかして、警察署でお説教でもされるのだろうか、とぼんやり心配し始めたあたりで、花柄のコート姿がけばけばしいモーテルの玄関をくぐった。

それからまた数時間後、せつらはすっかり明るくなった朝の<新宿>をうろついていた。
白々とした朝陽が眩しい。
床屋の主人が玄関先を掃除している音や、シャッターが上げられる音、小鳥のさえずりなどが聞こえる。
もうすぐ、登校中の小学生や通勤途中のサラリーマンの姿が見えるようになるだろう。
目を覚ましつつある<魔界都市>の姿がそこにあった。
あくびを噛み殺しながら、せつらが道を行く。
腹の底は、夜香と別れた後よりもずっと重く痺れていた。
せつらは清々しい朝陽の下で、交わったばかりの屍の体温を思い出そうとする。
せつらは屍の裸体が好きだ。
日に焼けた肌も、厚みのある体も、淫水焼けなのか色の濃い陰茎も好ましいと思う。
屍側はせつらの体についてどう思ってるのかは知らないが。
「さっき夜香がそこを使ってたんだよ」
とせつらは言った。
「嬉しいだろ。夜香とお揃いだよ」
屍は呆れていた。そして「うつ伏せになれよ」とせつらを乱雑にベッドの上へ横たえた。
せつらは屍に潰されるようにしてまぐわった。
肉がみっしりと詰まった身体が、背中に密着してはせつらの手脚を押さえつけた。
シーツと屍の間で、せつらの白い裸体が何度も跳ねては、宥めるようにして腰を回して中を抉られる。
激しいピストンを繰り返され、中は焼けるように熱くうねった。
せつらは気持ちいいと思った。
自分の上に覆い被さっている男も、同じくらい気持ちよくなってくれていたらいいと思った。

せつらの足は、とある場所に真っ直ぐ向かっていた。
あらゆる病人へ手を差し伸べる、区役所跡とも呼ばれている安息の地。メフィスト病院である。
せつらはそこで、始業前の気付けにコーヒーでも一杯やろうかと考えていた。
<新宿>にどれほど愚か者がいようとも、ここの院長室をドリンクバー代わりにする人間は秋せつら一人だけだろう。
自動ドアをくぐりぬけ、いつも通り受付に院長が居ることを確かめようとしたせつらだが、ここで野生の勘とも言うべきものが働いた。
院長室へ向かおうとした足が、食堂、もしくは自販機の方を向いて暫し立ち止まる。
コーヒーを飲むだけなんだから、わざわざ一日の始まりにあいつの顔を拝まなくたっていいよな、と彼は考えていた。
院長室に運ばれるコーヒーに比べたら天と地の差があるだろうが、食堂も自販機もここの飲食物はそこらの喫茶店に引けを取らない味である。
その時であった。
食堂に行こうと回れ右をしかけたせつらの傍で、不意に看護師が立ち止まった。
「院長室でお待ちです」
白衣の天使と形容されるべき微笑がそこにあった。そして、瀟洒としか言いようがない仕草で頭を下げると、せつらの前から去っていく。
せつらは渋々、院長室へと向かった。

せつらが院長室を訪れた時、メフィストは珍しく椅子に座っていなかった。
たとえ魔界医師でも、その心が乱されるような事があったのかもしれない。
机の前に立ち、美しい角度で片手を机上に置いている。
聡明な哲学者が、席を立った瞬間にふと世界の真理に思いを馳せてしまったような、そんな佇まいである。
「コーヒーね」
そんなメフィストには目もくれず、せつらはさっさとソファーに腰を下ろした。
じろり、と睨まれたような気がしたのは錯覚だろう。
「良い夜を過ごしたそうだね」
「何のことかな」
「せんべい屋を名乗るには爛れすぎている」
「ホームレスにレイプされた」
こりゃ誤魔化し切れないなと思ったせつらがそう言ってみるも、黙殺されるばかりだった。
せつらはぼんやりと、いまこの医者の目に自分はどう映っているのだろうと思った。
ここに来るまでのエレベーターの中で、鏡で確認した己の姿は普段と何一つ変わらないように見えた。
けれど、この魔界医師の目はどうだろう。頬やまつ毛、口元に、情事の名残を見つけるのかもしれない。
メフィストの慧眼にかかれば、数時間前にせつらの唇がどのように男根を咥え、すすり、舐めまわしたのかが手に取るように分かるのだろうか。
「エイズの検査をしていくかね」
「遠慮するよ」
せつらは肩をすくめた。
メフィストが白いケープの裾をたなびかせながら近づいてくる。
「顔見知りとしかやってないから大丈夫だ」
「顔見知り、ね」
「そう」
メフィストは、優雅な動作でせつらの隣に腰掛けた。春の微風じみた風がせつらの鼻先を打った。
僅かな間が二人の間に落ちた。沈黙を破ったのはせつらだった。
「羨ましいなら真似してみろよ」
「ほう?」
メフィストの目が剣呑な光を帯びた。せつらはそれを睨み返した。
「顔の綺麗ないい男を次々咥え込んで、それが羨ましいならお前もするがいいさ」
「…………」
「お前相手なら、喜んで自分から申し出る奴だらけだよ」
「君は何か誤解しているね」
「何でもいい。コーヒーくれよ」
芒洋とした顔でふんぞり返ってみても、あまり格好がつかない。
咎めるようなメフィストの目に、さすがのせつらも居心地悪そうに顔の前で手を振った。
「お前は『私』が好きなんだろう」
「さてな」
「僕は僕のことを好きでいてくれる奴としかしない」
「ほう。愛がなければしないというのか」
「そうそう」
そう頷く声の白々しさは、あまり信用できなかった。
しかしこのせんべい屋の若旦那としては、真剣に頷いたつもりなのかもしれない。
メフィストがため息をついたようだった。
「コーヒーを飲み終わるまで、ここに居るんだろう」
「うん」
「なら、それまでに君に『したい』と思わせることができたら私の勝ちだ」
せつらの目が、一瞬遠くを見るような風になった。
「そうだね」
返事は投げやりだった。
メフィストが身体ごとせつらの方をを向く。
魔界医師の白い相貌は、やはり何を考えているのか分からない。
解剖医めいた手つきで、せつらの喉元に指先が触れる。
シャツの襟をくつろげているために、喉から鎖骨にかけての白い肌が無防備に晒されている。
数時間前に様々な男の手垢で汚されていただろうその肌を、メフィストはどう見るのだろう。
「コーヒーは?」
「今、看護師が淹れているところだ」
せつらが満足げに目を閉じる。
その白いまぶたを見つめながら、それが始まりの合図であるかのようにメフィストの手がせつらの胸元へ潜り込んだ。