どうもこうもない(※R18)

「でも、セックスはしばらくできないよ」
 シルバーアッシュがドクターと恋人同士になって、まず最初に告げられたのがそれだった。
 恋人になる。その言葉に含まれる甘やかな輝きは、二人の間にはあまりなかった。何故ならドクターからシルバーアッシュに向けての好意はほとんど親愛レベルのものであったし、恋人という地位をシルバーアッシュに与えたのも「好意のお返しをしたい」くらいのぼんやりした理由であったからだ。それでも、恋人という席をシルバーアッシュただ一人のためにドクターが用意したことは事実だった。未だかつて誰も座ったことがないその特別な椅子に腰を収める感覚は、これ以上ないほどの優越感を彼に与えた。
 セックスというのはつまり、君のペニスを私の中に入れて射精する行為のことだけど。ドクターはそんな風に付け加えもした。シルバーアッシュはつとめて冷静に、言葉を返すよう努力した。
「承知の上だ」
「そうなの?」
「恋人になったからといって、そう急いで事を進めようとする者の方が珍しいだろう」
「まあ、それはそうなんだろうけど、私が言っているのはもっと現実的な問題なんだ」
「ほう」
 ドクターの言う「現実的な問題」奇妙な単語に思えたそれは、彼の説明を聞けば確かにそう表現すべき事情に思えた。
 いま、ロドスでは最新型の血液解析機を導入したらしい。以前よりずっと患者の病態を細かく解析することができる。そしてドクターの主治医たるケルシーは、それを使って彼の平均的なフィジカルデータを、これから数ヶ月に渡って得るつもりなのだ。
「だから、後でかき出したとしても、中に出された時の変化とか、まあ腸内の吸収率から考えるに、データとしてかなり正確に出てしまうと思う」
 ケルシー女史は、患者のプライベートなことを周囲に言いふらすような人ではない。また、胸の内に収めておくにしても、必要以上の詮索をしない。しかしそれを踏まえても、私との行為を彼女に知られることは君にとって愉快ではないだろう、と。ドクターはそう説明した。
「たしかに快いものではないな」
 シルバーアッシュはそう返答したものの、実際はそれでも構わないという気持ちの方が強かった。データとして計測される? むしろそれは歓迎してもいいくらいだ。お前の主治医を名乗る女に、私たちの関係を見せつけることができる。しかしその考えを恋人に吐露しないほどの慎ましさを一応彼は持ち合わせていた。
「そうだろう? だから、君との行為はこれから先数ヶ月は控えたい」
「ああ、承知した」
 シルバーアッシュは頷いた。物分かりの良い恋人として、目の前の男の目に映っていたかったから。苦労してこぎ着けた関係性が、自身の軽率な行動で白紙に戻されるのは避けたかった。
 不意に、その恋人が寄越す視線に彼は気がついた。フェイスシールド越しの、大きな目がじっとシルバーアッシュを見つめている。意味深な視線だった。その真意をシルバーアッシュが問う前に、ドクターが彼にこう告げた。
「でも、君がしたいって言うなら」
 そう言うのと同時に、彼の手が筒状のものを掴んでいるような形になる。そのままゆるやかに腕を上下に動かした。それが下品なジェスチャーであることを、シルバーアッシュはすぐには気づけなかった。彼の仕草に、ある種の悪趣味さ、いやらしさが無かったせいかもしれない。
「手でも口でも、してあげれるけど」
 シルバーアッシュは、もう一度フェイスシールド越しの目を見た。長いまつ毛に囲われた瞳。そこに侮蔑や嫌悪の表情は見当たらない。防護服に隠された可憐な口元が、そそり立った己のモノを咥え込む光景を彼は想像した。
 喉奥が急速に渇いていく。シルバーアッシュがその提案に頷いたのも、二人がそのすぐ後に寝室へ移動したことも、当然のことのように見えた。

 部屋は暗く、生温かい空気で満ちていた。ドクターは私室のカーテンを開けることがそうそう無いので、その薄暗さはいつものことであったのだが、今だけは普段と違う、奇妙な妖しさを含んでいた。
 くち、と二人の間で音が鳴った。重ね合わせた唇の隙間から。熱くぬるついたゼリーをかき混ぜるみたいに、互いの舌を絡め合う。吐息をこぼす音と、唾液をすする音も加わっていった。
 ふつふつと、二人の中で高まっていくものがある。それは触れ合った舌先から、もしくは絡め合った指先から相手へ伝わり、より熱を増していくように思えた。初めてとは思えないスムーズさで事が成されていく。それはシルバーアッシュの手腕と、ドクターの好奇心がそうさせたのかもしれない。
 キスをしたまま、ドクターの手が厚い胸板に這わされる。シャツ越しでも分かる体温の高さに、彼は少し笑ったように見えた。
 顔が離れる。シルバーアッシュは少し後悔していた。ドクターの防護服を脱がす手間を惜しんだのが。彼は上着を脱いだ姿で、ドクターはフェイスシールドとバイザーとフードを外しただけの姿だった。自分は口と手を使うだけだから、とドクターが大儀がったのだ。衣服の上から想像するだけだった想い人の体を、この目で見るチャンスだったというのに。
 シルバーアッシュの脚の間で、ドクターが四つん這いになる。両手をついたシーツのしわさえ、どこか官能的に映った。ドクターの目は、まるで子猫のように爛々と好奇心に満ちた光を帯びている。その瞳が、シルバーアッシュを見上げた。
「下ろしていい?」
 スラックスのことを言っているのだとすぐに分かった。シルバーアッシュはすぐに頷いた。小さな口、少女じみた鼻梁、潤んだ大きな目に対して、じっとりと視線を這わせながら。
 ジッパーを下ろした途端に、ぶるんとソレが飛び出した。昂り切ったそれが、ドクターの鼻先に突きつけられる。むっとするような雄の匂いがした。
 その姿を、シルバーアッシュは少し恥ずかしく思った。若い子供でもあるまいし、口づけだけでこんな風に勃ちあがったモノを見せてしまうのが気恥ずかしかった。しかしドクターはそう思わなかったらしい。子猫のような目をほんの少し見開いて、白い指を絡ませた。両手で、包むようにソレを握る。
「すごい」
 ひとりごとのように、ドクターは言った。そのまま握った指に少し力を込める。指を押し返すような弾力を感じた。どくどく言ってる、とほとんど吐息のような声で言う。
「おっきいね」
 そこまで言って、自身が声に出していることをようやく気づいたのか、上目遣いになった視線がはたとシルバーアッシュと絡み合う。ドクターは誤魔化すように少し笑って、また手の中のものに視線を戻した。
 細く透き通った指先に対して、シルバーアッシュのモノはグロテスクなほどに赤黒い。並の男よりも明らかに大きく、表面には血管の凹凸が浮き出ていて、カリ首が大きく張っている。これを見た瞬間に、欲情で目を潤ませる女性がどれだけ世にいるだろう。経験の少ないドクターさえ、そう考えてしまうような大きさだった。
 ドクターは再び、上目遣い気味にシルバーアッシュを見上げた。そのまま、わずかに微笑する。口を少し開けた。そして、長いまつ毛を見せつけるように伏し目になって、自身のモノの根元より太く大きな先端を、ゆったりと口に含んでいった。
「んふぅ」
 唇をすぼめる。可憐な唇が、先端をゆるく締めつけた。そのまま、喉奥まで呑み込もうとする。しかし息苦しさのためか、半分ほどまで口に含んで、すぐに口から抜き取った。先端を僅かに含んだまま、吐息をこぼして言う。
「おおひい」
 また、根元まで呑み込もうとする。細い首がひねられた。どうにかこの大きなモノを入れられないかと、喉奥の空いたスペースを探すように。
 ぬるついた粘膜の感触が、シルバーアッシュを包み込んでいる。この白い体のどこに収めていたのか。そう思いたくなるほどにドクターの口内は熱を帯びていた。膨らんだ頬の中で、くちゅ、という音がする。舌先が幹の部分をくすぐった。雪豹の白く太い尾が、音もなくぶわりと毛を膨らませる。
 シルバーアッシュは、ドクターの頭に手のひらを置いた。大きな目が上目遣いに様子を窺う。ひどく下品な言葉が、ほとんど発作的に口から出そうになった。ドクターが失望しそうなほどの。シルバーアッシュはそれを抑え込んだ。その代わりのように、「上手だな」と言った。まつ毛に囲われた目が、嬉しそうに細められる。
「頭を動かせるか?」
 咥え込んだまま、ドクターの目がひたと注がれる。「どうやって?」と聞いているように見えた。
「……こうするんだ」
 手のひらに力を込める。より喉奥に押し込むように、頭を押さえつけた。ドクターの顔が息苦しさに一瞬しかめられる。シルバーアッシュは手を離した。小さな頭が、先端まで吐き出す。けれどすぐに慣れたように、また根元まで咥え込もうとした。
 ドクターは覚えが良かった。手慣れた動きで頭を上下させる。幹に這わせた舌をくねらせて、唇で締めつけた。シルバーアッシュが満足気な息をこぼす。その度にドクターは目を細めた。頭の動きに合わせて、四つん這いになったドクターの体も揺れ動いた。子猫のように突き上げられた腰が、細やかに揺れる。その光景にさえシルバーアッシュは興奮を覚えた。
 限界が近い。それを口の中で、ドクターは感じ取ったらしい。口から丁寧に抜き取る。そして、先端や根元に舌を這わせた。まるでミルクを舐めとるようにして。
「出したい?」
 全くいやらしさの感じられない声で、ドクターは尋ねた。痛い? だとか美味しい? と聞くような口調だった。聞きながら、唇をすぼめて先端に口づけを落とす。先端と幹の間の、皮の剥けた境目に舌を這わせる。ゾクゾクするほど丁寧に。そこに見えない垢でも溜まっているかのように、丹念に舌先をすべらせていく。
「後ろに入れたい?」
 続けてドクターが尋ねた。
「、ああ」
 ほとんど反射のように彼は答えた。陰茎に絡みついてくる粘膜の感触を想像して、あやうく射精しそうになる。しかし彼が期待したものと、ドクターの反応は異なっていた。吐息が吹きかけられる。うっすらと、大きな目が細められた。まつ毛の間で、ゆるやかに溶ける瞳。
「でも、できないよ」
 低い音が、どこからか聞こえた。切なげな呻き声のように、低く震えては鳴っている。それが自分の喉奥から聞こえたものであることに、シルバーアッシュは気がついた。
 甘やかな感覚が、彼の下腹部に募っていく。それは純粋な快楽によるものであったかもしれないし、ドクターに対する好意か、もしくはからかわれたことへの苛立ちであったのかもしれない。突き動かされるように、小さな口の中へ自身のモノをねじ込んだ。
「んぇ」
 僅かに引っかかりながら、喉奥へとずるずると飲み込まれていく。前髪のかかった幼い額に、じわりと汗が滲むのが見えた。それがトリガーであったかのように、シルバーアッシュが腰を突き上げる。彼の両手は、ドクターの顔を掴んで固定していた。
「っん、ぅん、ん、おっ、」
 大きな目が、一気に焦点が合わなくなる。そうしながらも、彼は唇に力を込めて吸いついた。口の中が乱暴に抉られていく。
 ドクターは、喉奥を押し上げる弾力を感じた。ぶる、と生き物のように震える、咥え込んだソレの感触も。その直後に、乱暴な動きで口から抜き取られた。
「ぅあ」
 そう声を上げた瞬間に、彼はほとんど反射的に目と口を閉じた。生温かい液体が、顔にかけられるのが分かったから。
 生臭い匂いがする。射精は、思っていた以上に長く続いた。最初は鼻筋にかけられた。そして少し経つと、意図的な動きを以ってドクターの鼻梁に先端が擦り付けられる。鼻筋を辿って、頬を撫でて、唇へと降りていく。その間も、ゆるやかな射精は続いていた。最後に、塗りつけるように唇を左右になぞっていった。張ったカリ首の感触も、むっとするような匂いも、彼の体は全て敏感に拾い上げていく。
 全て出し切った後、色の薄い可憐な唇は、牛乳を飲むのに失敗したかのように白濁まみれになっていた。ドクターがうっすらと目を開ける。まつ毛が震えていた。眉が寄せられている。シルバーアッシュはそれを、不快さの表れかと思い込んでいた。だから、口汚く罵倒される覚悟をしていた。白く小さな顔に赤黒いペニスが這い回る光景は、それだけで絶頂できそうなほどだった。だから、その対価として詰られても構わないとさえ思えたのだ。
 ドクターの表情が、どこかぼんやりとしたものに変わっていく。焦点が合っているのかいないのか、分からないような顔でシルバーアッシュと見つめ合った後、彼はやはりぼんやりした声でこう言った。
「あったかい」
 もし、自分が性を覚えたての子供であったなら、この言葉を聞いただけで射精していたかもしれないと、シルバーアッシュは後になってそう思い返していた。

 
 それからというもの、彼らはかなり頻繁に「そういう行為」を重ねていった。
 ロドスの中で、まるで仕事中の気晴らしにガムを噛んだり、コーヒーを飲んだりするのと同じようにしてそれらをこなしていった。さすがに共有スペースですることはなかったが、ドクターの執務室でしたことはあった。しかも、シルバーアッシュがデスクに腰掛け、ドクターが机の下にうずくまってのやり方で。その時は随分と濃いものが出たと記憶している。自分は背徳的なシチュエーションに興奮するタイプではない、と自負しているシルバーアッシュ本人でさえ驚くほどに。

 頬に当たる吐息が熱い。
 ドクターは今、ソファーに座ったシルバーアッシュの太ももの上に腰掛けて、彼の陰茎を扱いてやっていた。向かい合わせになっているので、二人の口は自然と互いの吐息を貪り合っていた。
 細い指が、そそり立ったモノを締めつける。愛おしくなるような弾力と熱だ。手の中から鳴るちゅこちゅこという音の可愛らしさがなんだかおかしくて、ドクターは口づけの合間に笑みを浮かべた。
 今日も、性器をむき出しにしているのはシルバーアッシュの方だけで、ドクターはきちんと服を身につけたままだ。二人一緒に昇り詰めようとする日も、無いことは無い。けれど、こうやってシルバーアッシュだけに快楽を与えている方がドクターとしては気楽だった。二人一緒に貪り合っていると、ドクターの方がすぐにバテてそれ以上できなくなってしまうから。大抵は、シルバーアッシュを満足させ切った後にドクターが「される側」になることが多い。
 膨らんだ陰茎の先からとろとろと透明な液体が溢れて、それを絡ませながら扱いていく。手でするのは、口でするよりも彼の形が分かりやすくて楽しい。ドクターはそんな風によく考える。
「ん、」
 口の端から唾液が溢れる。こぼさないようにのけぞると、それを追うようにシルバーアッシュが覆い被さってくる。柔らかな銀髪が、ふわふわとドクターの頬に降りてきては包んだ。
「へふ」
 くすぐったさに目を細めると、力の抜けた口から唾液が垂れて、顎にまで伝った。唇が離れ、分厚い舌が顎のそれをなめとった。そういえば、こういうことをしないままでいたら、彼の舌が分厚いことさえ自分は知らなかったかもしれない。ドクターの目に映る普段のシルバーアッシュは、舌の色さえ目視できなさそうなほど、口をそうそう大きく開けないから。
 ぐる、と太い喉仏から音が鳴る。シルバーアッシュが大きな背を丸め、少しのけぞったドクターの顎下に、自身の頭を埋めるようにして身を屈めた。その動物みたいな仕草に、ドクターはくすくすと笑う。与える側の時の彼は余裕綽々だ。しかし快楽を与えられる側になると、いつも以上に神経を高ぶらせて、ほとんど触らずとも絶頂してしまうほどに乱れるので、そこも含めてシルバーアッシュは情事の時のドクターの姿が好きだった。
 この姿勢になると、シルバーアッシュの尻尾がよく見える。時折ぶわりと毛を逆立たせる。それは決まってドクターの指先が先端を掠めた時だった。彼の隙を目の当たりにしたような気になって、ドクターは妙に愛おしい気持ちになった。
「かわいいね」
 シルバーアッシュが顔を上げる気配がした。うまく見えないが、前髪の隙間から、こちらを見つめる目が覗いている、気がする。
「かわいいのに出したがりなんだ」
 カリ首が指に引っかかる。出っ張ったそこを刺激するたびに、これを受け入れる日がいつか来るのだとドクターはつい考える。直腸内の粘膜を、これがゆっくりと押し上げていく感覚。それは一体どのような感じなのだろう。
「それは、矛盾しないものだろう」
 シルバーアッシュが頭を擦り付けたまま言う。確かにそうかもしれない。ふ、ふ、と低い声で快楽を逃そうとしているのが分かる。なんだか可愛らしく見えて、ドクターはつい、要らぬ気を利かせては口を滑らせてしまう。
「ね、最近よく思うんだけど」
 そう切り出したドクターの声は普段より切れ切れだった。快楽を得ずとも、彼も昂りを覚えている最中だったから。
「ラップの芯とか、長い筒状のものを持つとさ、君のことを思い出しちゃうんだよね」
 肉厚な獣の耳がぴくりと動いた。耳の中の毛まで、逆立つのか。どこか新鮮な気持ちでドクターは眺める。 
「それで、君のはこれより大きかったっけとか小さかったかなとかよく考えてさ、プリングルスの缶とか。あは、だから口に入れたりとか、して確かめたくなっちゃって、はは、しないけど、おかしいよね」
 ぐるる、と獣の唸り声がしたのはその時だった。高い鼻が、ドクターの首筋に擦り付けられる。汗の匂いも少しした。
「え、なに、なん、あ、なんなの」
 ぐら、と大きく体が揺らいだので慌てて広い背中にしがみつこうとする。シルバーアッシュが、下から突き上げるように腰を揺らしていた。彼の手はドクターの腰と尻を掴んでいる。薄い体が上下に揺さぶられる姿は、まるで対面座位で挿入している時のそれだった。
「あ、あ、あ、こわい、しる、わ、やめて」
 ほどなくして、ドクターの手の中に白濁したものが吐き出された。指と指の間、水かきの部分にさえぬるついたものが張り付いている。射精後の余韻に脱力しているシルバーアッシュを横目に見ながら、ドクターは自身の指を舐めた。それこそ、指についたポテチの塩気を舐めとるようにして。ちゅぷ、と舌先を鳴らしては「あったかい」とやはり彼は言うのだった。