道端に、赤く丸いものが点々と落ちていた。黒く湿った土の上で、その赤々としたものは妙に鮮やかに見える。蛇骨はそれに近寄って、そっと拾い上げてみた。なんてことはない、ただの椿の花だった。
こんな風に、椿が花びらを散らさずに花首ごと落ちる様から、生首のようで不吉だと言う武士もいるが、馬鹿馬鹿しい発想だと蛇骨は思う。蛇骨はつまんだ指先で、椿の花をもてあそんだ。鮮やかな赤に目が奪われる。蛇骨は背後にいる煉骨へ声をかけた。
「こういう色の紅があったら、俺に似合うかな」
「んなこと俺に聞くな」
「冷てえこと言うなよ」
蛇骨は煉骨の方へ向き直ると、椿を口元に寄せて「どう?」と聞いた。煉骨は黙って蛇骨の顔を見た。いくら待っても煉骨が何か言う気配は無く、呆れているのかと思ったがそうでもないらしい。
「なんか言えよ」
痺れを切らした蛇骨が声を上げると、煉骨は我に返ったように目を瞬くと、そっぽを向いて「知るか」と言った。
「んだよ。兄貴はほんとに可愛くねーな」
「俺に可愛げを求めるな」
憎まれ口を叩きながらも、蛇骨の目は煉骨の横顔に吸い寄せられる。高い鼻と、顎から首筋にかけての整った形が、蛇骨の男好きという悪癖を燃え上がらせる。煉骨が着ている墨染めの法衣も、どこか禁欲的な魅力を彼に与えていた。
「兄貴ってさ、化粧する気はないの?」
「俺はお前みたいに男好きじゃない」
「別にそうじゃなくても、化粧をする男はいるだろ」
蛇骨は煉骨に近寄ると、彼の目元へ手を伸ばした。指の腹が下まぶたに触れる直前、煉骨は一瞬だけ顔を硬らせたが、蛇骨の好きなようにさせた。
「こんな風にさ……」
そう言いながら、指の腹で目尻をなぞる。「ここに紅を引いてみたら」と続けるつもりだった蛇骨は、何か胸に湧き上がるものを感じ、口を閉ざした。切れ長の瞳が、じっと蛇骨の顔を見下ろす。細い眉が怪訝そうに歪められた。
「なんだ」
「別に……」
手を引っ込めながら、蛇骨はボソボソと言った。手持ち無沙汰そうに椿をいじくり回した後、ふと気がついたように声を上げる。
「なんで兄貴がさっき黙ったのか、分かった気がする」
「は……」
蛇骨は拗ねた子供のような手つきで、煉骨の胸元に椿を投げ捨ててそっぽを向いた。
きっと見惚れていたのだ、という想像が当たりであれば良いと蛇骨は思った。