「おい、起きろ」
昼間から惰眠を貪っていた蛇骨は、煉骨に頭を小突かれてようやく目を覚ました。どうやら昼飯ができたらしい。炊けたばかりの飯の匂いが、ねぐらの中いっぱいに漂っているのが分かる。
呻きながら身を起こすと、やや乱暴な手つきで背後から襟を直された。「あんがと」と掠れた声で礼を言うと、棘棘しい声が頭上から降ってきた。
「よだれは自分で拭けよ」
言われなくてもするに決まってるだろ、と言い返したいのを我慢して、蛇骨は自身の口元を手の甲で雑に拭い取った。
まだ眠気でしぱしぱとする目を懸命に開いて、蛇骨は顔を上げる。すると、何やら煉骨がへんな顔をしてこちらをじっと見つめていた。思いがけないものを見て、驚いたような表情である。突然そのような顔を向けられて困惑する蛇骨に、煉骨が口を開いた。
「お前、紅が無いとそういう顔になるんだな」
煉骨の言葉と、手の甲に付着した紅を見て、蛇骨はようやくその意味を察した。よだれを拭い取った際に、紅も一緒に取れたのだろう。おそらく、素の色をした唇が煉骨の前に晒されているはずである。
「見んなよ」
何となく小っ恥ずかしい気分になって、蛇骨は手で口元を隠そうとした。しかし意外なことに、その手を煉骨が引き剥がそうとする。思いがけず強い力で手首を掴まれて、蛇骨は反射的にその手を払った。
ぱしん、と乾いた音が鳴った。
その音がやけに大きく部屋に響いて、奇妙な”ま”が二人の間に落ちた。居心地の悪い沈黙が二人を包み込む。先に声を上げたのは、蛇骨の方だった。
ひええ、と明らかにふざけていると分かる悲鳴をあげる。素早く立ち上がると、ねぐら中に響き渡るような声でこう叫んだ。
「煉骨の兄貴に犯されちまう!」
「蛇骨っ、てめえっ!」
部屋を飛び出す蛇骨の後を、目元を赤くした煉骨が追いかける。蛇骨はケラケラと笑ってみせながらも、化粧の取れた口元を凝視する煉骨の、喉の渇きを覚えているような視線を思い出し、ゾクゾクと胸を高鳴らせていた。