「聞いたぜ、お前のこと」
毒島は缶ビールを手にしたまま、小指を立てて美空を指しながら言った。毒島が飲んでいるのと同じ、金エビスの空き缶がテーブルにゴロゴロ転がっている。ここが美空の住んでいるマンションの一室であることを考えると、珍しい光景だった。
金のエビスは、美空が「お中元」でいただいたものだと言った。一体どこからのお中元であるのか、毒島はあえて聞かなかった。
「立川流をやったんだってな」
「よくご存知で」
美空は微笑を少しも崩さずにそう返す。美空の感心は、美空の経歴を調べたことにではなく、「立川流」を知っていたことについてかかっているようだ。さして驚きもしない美空に、毒島は「ふん」と鼻を鳴らす。
「可愛い顔して、随分不良坊主だったんだな」
「不良なんて優しい表現をしてくれたのは毒島さんがはじめてですよ」
「生臭坊主とでも言われたか」
「まあ、お好きに想像してください」
毒島が缶ビールをあおる。スーツ姿で缶ビールというと、サラリーマンによくあるシチュエーションであったが、長い脚を組んでソファーの背に腕を回した毒島の姿は、とても普通の会社員には見えない。
「それじゃ、やるのは慣れてる方ってことになるな」
「どこからが”慣れてる”に入るのかは分かりませんが、まあ」
「へええ」
毒島の目が、あからさまにじろじろと美空の顔を舐め回す。美空は涼しい顔でその視線を受けていた。不意に毒島が声を上げた。普段彼が「やりてえな」と口にする時と、全く同じ声をしていた。
「試してみてえな」
「試す?」
「どれくらい保つのかだよ」
「おやおや」
美空は苦笑した。まだ遊びたいと駄々をこねる子供を前にした、親のような表情だった。
「どう試すんですか。そのために女性を連れ込むわけにはいかないでしょう」
「おんな?」
今度は毒島が聞き返す番だった。
「女は要らねえよ」
「じゃあ、どうやって……」
「おれが、お前に、挿れるんだよ」
毒島は、いちいち指を立てて自身と美空を指しながら言った。美空の笑顔が一瞬だけ固まった。言葉の意味を理解するのに時間がかかっているようだった。数秒の間の後に、探るような声でようやく返事をした。
「あなたは、女性しか相手にしないものかと思っていましたが……」
「おい、誤解はすんなよ」
毒島の返答に、美空はやや安堵の色を顔に浮かべた。しかしその顔は、数秒も持たなかった。
「男だったら誰でも良いわけじゃないぜ。ケツが毛深い男は絶対に無理だ。おれより身長のある男もな」
美空は笑みを貼り付けたまま、分かりやすい困惑を眉間に浮かべていた。そのまま、上目遣いに毒島を見る。
この毒島獣太という奇妙な男が、いっそう分からなくなったなと思っている顔だった。