「会いたかったぜ」
開口一番、毒島はそう言った。
高層ビルの屋上で、熱風じみた夏の夜風になぶられながら、美空は毒島と向かい合っていた。毒島のすらりとした長身は、夜景を背にしても少しも霞むことがない。
毒島は口の端だけ吊りあげて、尖った牙を見せつけるように笑っていた。美空もまた、笑顔を浮かべていた。毒島が顔に浮かべているようなものとは、種類の違う笑顔ではあったが。
毒島の言葉が、額面通りの意味ではないことを美空は理解していた。おそらく、美空が現在請け負っている仕事と、毒島が任されている仕事が裏で繋がっており、それについての情報を得るために美空を探し回っていたというのが大体のところだろう。しかし社交辞令に社交辞令を返すだけの常識を美空は持ち合わせていたし、皮肉に皮肉を返すくらいのずる賢さも持っていた。
「わたしも、会いたかったですよ」
美空のその言葉を聞いた瞬間、毒島は面白いほどに顔を歪めた。
「気色悪いこと言うな」
「先にあなたがそう言ったんでしょう」
「それはそうだが、男にそんなこと言われたって嬉しくねえよ」
毒島は額にかかった髪をかき上げながら「特に、お前の口からそういう言葉を聞くとゾッとする」と言った。それを聞いても、美空は微笑を浮かべたままだった。
「ひどい人ですね」
「この際だから言っておくぜ」
毒島は前髪を僅かに乱すように手ぐしで整えながら口を開く。どうやら、彼にとってかっこつける時の癖のようだった。
「俺はな、最近お前を見てるとへんに胸騒ぎがするんだ」
「……それはそれは」
一拍置いて、美空が反応した。
「わたしも、あなたを前にしていると胸騒ぎがしますよ」
「…………」
たった一瞬だけ、沈黙がこの場に降りた。その間、毒島はへんな顔をしていた。ようやく口を開く頃には、彼は苦虫を噛み潰したような表情に変わっていた。
「……俺が今言ったことは忘れろ」
「なぜです」
「なんでもだ。ついでにさっきお前が言ったことも無かったことにしろ」
「だから、なぜです」
「なんでもだ」
「だから__」
美空が言い終わるより先に、毒島の足がコンクリートを蹴った。美空が体を僅かに逸らす。さっきまで頭があった場所を、毒島の爪先が蹴り上げていた。美空が飛び退き、毒島との間に距離を取る。
やっと、いつもの空気が戻ってきたように思えた。