「鳳介の野郎は?」
美空を背後から呼び止めた毒島の、第一声がそれだった。
二人は今、小田原の御幸ヶ浜にいる。砂浜に立ち尽くし、海を眺めていた美空の元へ、毒島が後からやって来たのだ。
熱を帯びた潮風になぶられながら、美空は毒島を振り返った。風を受けて、白い頬に黒髪が張り付く。あの菩薩のような微笑を浮かべたまま、美空は答えた。
「ここには居ないようですよ」
「ちえっ」
毒島はふてくされた子供のような顔をしてみせる。どうやら、鳳介を探して小田原を訪れたらしい。そして、先に居た美空もまた鳳介を訪ねるためここに来ていたようだ。
美空が海に向き直る。すると、意外なことに毒島がその隣に並び、同じように海を眺め始めた。しばらくの間、二人は無言で小田原の海に魅入っていた。沈黙を破ったのは毒島の方だった。
「つまらねえ景色だな」
「そうかもしれませんね」
美空の返答に、毒島は内心驚いた。毒島の言葉を否定するだろうと予想していたからだ。先程から海を見つめていたのだから、何か美空にとって心惹かれるものがあったのだろうと思っていた。
「つまらねえと思ってるなら、なんでお前は見てるんだよ。暇つぶしか?」
「海を見てるわけではありませんから」
「なんだよ。じゃ、見てたのは空の方か?」
美空は何も言わず、赤い唇に微笑を浮かべた。おそらく否定の意味だろう。
「考え事をしていました」
「考え事?」
「九門さんのことです」
海を見つめたまま、美空は続ける。確かに美空の黒い瞳は、海も空も映していないように見えた。
「九門さんがこの海を眺めている時、どんな事を考えているのか、想像していました」
それを聞いた毒島は、苦虫を噛み潰したような顔をしてみせた。
「妬けそうだな」
「では、日陰に移動してはどうです」
「日に焼けるの意味じゃねえよ」
毒島は「ああクソ」と伸びをすると、美空に向き直ってこう言った。
「言っておくが、今のはリップサービスみたいなもんだからな。本気にするんじゃねえぞ」
「どういう意味ですか」
「お前と鳳介の仲良しごっこに巻き込むなってことだ」
それだけ言うと、毒島は海を後にした。鳳介を探しに行ったのだろう。取り残された美空は、そのまま海を__自分の中にある九門鳳介への認識を見つめ直していた。