「あんた、膛馬明だろう!」
おれは改めて、目の前に立ち塞がる男へ目を向けた。
可哀想なくらいの醜男であるが、その醜悪な面が、今はよりひどいものになっている。おれに対する恐怖と興奮によって、上下の歯を震わせてガチガチ言わせているからだ。
「人違いだよ」
「馬鹿野郎!知ってるんだぞ!面の良い、膛馬明って男が居るってな!」
「おれは毒島獣太さんだ」
おれを馬鹿呼ばわりしたことは腹が立ったが、”面が良い”と褒められたのは気分が良かった。
「馬鹿みたいに顔が良くて、阿呆みたいに強くて、今は別の名前を名乗ってるんだろう?その膛馬明は」
「そ、そうだ!」
おれは、いつか誰かに言われたことをそのままそっくり言ってやった。すると、男の背後に、ふっと黒い影が舞い降りた。その影が、男の後頭部に向かって撫でるように手を一閃する。男は、ちゃちなお芝居のように目を見開いたまま後ろに倒れた。
影が、音もなく地面に降り立つ。黒い法衣を着た男に向かって、おれは言ってやった。
「てめえのせいで、散々な目に遭ったぜ。”膛馬明さん”」
「それはそれは__」
紅い唇が、ぞくりとするような笑みを作っている。その唇におそろしく似合わない、低い声がその場に落ちた。
「ご迷惑をおかけしました」
「本当だよ」
地面に唾でも吐きたい気持ちを堪えて言った。そして、目の前の膛馬明__美空を睨みつけてやる。
「なにがどうなって、おれがてめえに間違えられなきゃいけないんだよ」
「人の噂というものは、思い込みが大半ですから」
「なに他人事みたいに言ってるんだ。悪いと思ってるなら噂を根絶やしにする努力くらいしろ。同期の卒業生の口を札束で引っ叩くとか、方法はいくらでもあるだろ」
「ここまで広まってしまっては、もう打つ手はありませんよ」
諭すように言う美空の声に、ますます腹が立った。しかし、美空の言葉もその通りだった。そもそもこのおれだって、普通じゃないルートで美空の本名を知ったのだ。情報の行き来を制限するのは、並大抵のことでは無理である。
おれは、いつか見た卒業アルバムを思い出していた。ある精神病患者の治療を依頼されたおれが、サイコダイブする下準備として患者の来歴に関するものを見せてもらった。その中の、とある寄宿舎__精神病のサナトリウムとしても機能しているそこの卒業アルバムに、膛馬明だった頃の美空の写真が載っていた。勿論、今よりずっと若い見た目をしていたが、ここまで面の良い男はおれを除くとそう居ない。一発でそいつが美空だとおれは気づいた。
「面が良いのも、考えものだな」
「本当ですね」
頷いてみせる美空に、おれはつい言ってしまった。
「おい、おめえのことじゃなくておれのことを言ってるんだぞ」
「そのつもりで言いましたが」
感情の読み取れない声で返されて、おれは無性に恥ずかしくなった。