「私は毒島さんに、恋人になって欲しいとか、伴侶とか親友になって欲しいわけでは無いんですけど、毒島さんがこの世に居てくれるのが嬉しいとは思ってます」
そう言い終わると、美空は目の前のグラスを持ち上げ、唇が湿るくらいの酒を口にした。
とあるクラブのカウンターで、美空と毒島が並んで座っていた。ジャズの演奏と、周囲の喧騒が二人を包み込んでいる。二人の前にはそれぞれグラスが置かれていたが、どちらもまだ酔ってはいなかった。
「なんだそれ」
毒島は、思いきり眉をしかめた顔で、美空の方を向いていた。その顔を見て、子供みたいな顔だな、と美空は思った。今だけに限らず、毒島は感情が表に出ると実際よりどこか幼く見える男だった。
「もしかして、おれの気を引きたくて、そういう頓珍漢なことを言ってるのか?」
「……いいえ?」
真剣な、というよりもどこか怒っているような声で毒島が言う。美空は面食らったような気持ちで──傍目にはいつもの薄ら笑いを浮かべているだけだったが──毒島の言葉を否定した。
美空からすると、これ以上ないほど誠実な振る舞いをしたつもりだった。美空の中での誠実さとは、自分の気持ちを偽らずに相手に伝えることだった。自分が周囲から見て異常な存在であることを理解している美空にとって、内面を曝け出すことで畏怖や嫌悪の目を向けられるだろうと知っていながら気持ちを明かすのは、進んでしたいことではない。それが、どうして「気を引きたくて」した言動だと勘違いされるのか、美空は不思議でならなかった。
「おめえ、構って欲しいんだろ」
「そう見えますか」
「見えるよ」
そう言って、毒島は体ごと美空に向き合った。毒島の上体が傾いて、美空との距離を詰める。毒島の方が背が高いために、クラブの強すぎる照明によって、美空の顔に影が落ちた。そのまま、吐息が触れ合いそうな距離で毒島が言う。
「構って欲しいって言えよ」
低い、掠れた声だった。逆光の中で、毒島の伏せた瞳が、情欲を灯したように潤んでいるのが分かる。美空は答えなかった。いつものように、薄い微笑を唇に浮かべていただけだった。
そして、瞬きする間もなく、毒島の唇が押し当てられた。同じ唇とは思えないほど、毒島のそれは熱を帯びている。口付けなど、今まで他の人間と幾度もしてきたというのに、喉が渇くような興奮が美空の身を貫いていた。