「早く済んで良かったですね」
秋色に染まった街路樹の下を、美空と文成が歩いている。美空の方が二歩分ほど前にいた。そのため、文成からは美空の後頭部が見えている。イチョウの葉を背景にして、柔らかそうな黒髪が歩くのに合わせて揺れていた。そんな中で、美空が振り返らずに後方にいる文成へそう言った。
二人は依頼の帰りだった。後はもう、依頼者に報告をして、報酬を受け取るだけである。
文成は、美空も一緒に依頼者の元へこれから行くのかと思っていた。そのつもりで今こうやって共に歩いているのだろう、と。しかし、美空はやはり足も止めないまま、背後にいる文成へ言った。
「報酬は、全てあなたが貰っていいですよ」
「なに?」
文成が足を止めた。それに合わせて、足元で落ち葉が踏まれる音が途絶える。数歩先を歩いていた美空も、それを聞いて足を止めた。文成を振り返ったその顔は、いつもの薄ら笑いがへばりついていた。
「なぜって、ぼくは報酬目当てについて行った訳ではありませんから」
その通りだった。仕事をする上で、高野山にも関わる仕事だからと途中で円寂から連絡が入り、美空が寄越されてきたのである。硬い言葉を使うならば国家鎮護が美空の目的なのだ。しかしそれでも、文成は納得しなかった。美空が仕事に手を貸したのは事実であるし、山分けとはいかずとも仕事をした分だけでも金を受け取るべきだろうと思った。
「金に困ってるわけじゃない」
「知ってますよ」
やや苦笑しながら、美空は付け加える。
「気に入らないなら、あなたの方から直接、円寂さまにかけ合ってください。僕自身は特に不満もありませんので」
反論を挟む余地など無いかのようにそう言ってみせると、美空はまた文成に背を向けて歩き始めてしまった。
それを見て、文成もまた止めていた足を動かし美空を追った。しかしその顔には、不貞腐れた子供のような表情が浮かんでいる。
どうしてこんな気持ちになっているのか、文成本人もよく分からなかった。同情や憐憫から金を分け与えられたのではないのだから、以前の文成であれば黙って受け入れていただろう。これじゃあまるで反抗期のガキだ、と淡い苛立ちを抑え込みながら文成は自問する。
不意に、道端に転がっている松ぼっくりが文成の目に留まった。足を止めないままそれを拾い上げた文成は、先を行く美空の足元に松ぼっくりをひょいと投げつけた。美空のふくらはぎにこつりと当たる。美空が足を止めた。背後にいる文成を、また肩越しに振り返る。
「なんですか……」
美空の表情は、先ほどとは違っていた。微笑が、口元だけでなく目にも表れている。聞き分けのない子供を見るような、どこか面白がっているような顔である。
その微笑を見て、文成はなぜか胸を掻き毟りたいような気持ちになった。守ってやりたいという、庇護欲にも似た感情である。以前の文成であれば、絶対に美空へ抱かなかった感情である。しかしその一方で、美空を傷つけてやりたい、という興奮もあった。顔が腫れるまでめちゃくちゃに殴り、自分の支配下から逃げ出せないようにしたい、という気持ちである。これも、以前の文成には無い感情だった。純粋な殺意ならともかく、美空を自分の手元に繋いでおきたいなど、あの時は考えもしなかった。
何も言わずにいる文成に、美空は前に向き直ると、地面に転がっていった松ぼっくりを拾い上げてまた歩き出した。文成は、取り残された子供のような気持ちで、その後ろ姿を眺めていた。