「あの役者さん、ミスラと同じくらい綺麗でしたね」
賢者がそう口にしたのは、魔法使い達と共に舞台を鑑賞した後のことだった。賢者にとってその言葉は、特別な意図や他意を含んでいる訳ではなかった。言うなれば、ちょっとした癖のようなものだった。
なにせ、賢者が普段「美味しい」や「すごい」という風に何気ない感嘆を漏らすたび、ミスラがむくれた表情で「俺の方が」と張り合うのだ。そのため、賢者は先回りするようにミスラを褒める癖が付いてしまった。「でも、ミスラの作る料理も美味しいです」「ミスラのアルシムもすごいですよね」という風に。ミスラの方が劣っていると言いたいわけではないのだと、そう主張するのに必死になっていた賢者は、魔法使い達の生温かい視線に気がついていなかった。ようやく賢者が自身を客観視できるようになったのは、苦笑したフィガロの助言のおかげだった。
「ねえ賢者様、惚気話をするのはミスラと二人きりの時だけにしたら?」
それを聞いた瞬間、賢者は弁解する余裕もないほどに顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。隣にいたミスラが、ひどく得意気な表情をしていたのは言うまでもないだろう。