ミス晶♂(魔法使いの約束)

ミスラは、今自分が夢の中に居ることを自覚していた。
目の前には、クリーム色をした床と、小さなベッドがある。それ以外にも、クローゼットのようなものや、壁や窓などこまごまとしたものが視界の端に映っているのだが、それらへ意識を集中しようとした瞬間に、霧に呑まれるようにして輪郭が朧げになっていくのだ。そのため、ミスラがはっきりと近くできているのは、自分自身の体と、目の前にあるベッド、そしてそこに横たわっている賢者だけだった。
賢者は、白いシーツの上で穏やかに眠っていた。その寝顔に、悲しみも幸福も表れていない。静かな寝顔だった。それだけに、ひどく神聖な、なんびとにも侵すことのできない眠りのように見えた。
ここが夢の中であるならば、目の前にいる賢者もまた、夢の中の産物なのだろう。そう考えながら、ミスラは賢者へ一歩近づく。賢者の姿は、作り物とは思えないほどに精巧だった。健康的な肌の色や、真っ直ぐに伸びたまつ毛もミスラの記憶通りだ。もっと間近で凝視すれば、頬を覆ううぶ毛まで確認できそうなほどである。
しばらくの間、ミスラはそこに立ち尽くしたまま、賢者の寝顔を見下ろしていた。そうしながら、自身の中で奇妙な興奮が育ちつつあるのに気づいていた。
例えるならそれは、積み木の城を目の前に差し出されたような興奮だった。丁寧に、時間をかけて作られたのであろう積み木の城が、ミスラの前に無造作に晒される。そして「どう扱ってもいいですよ」と言われているのだ。その積み木を、壊しても、作り直しても、誰もあなたを咎めませんよ、という声が聞こえてくるようだった。ミスラにとってこの積み木の城というのが、夢の中の賢者なのである。
ミスラは今一度、賢者の寝顔を見つめ直した。閉じられた白いまぶたが、誘うようにミスラの目を吸い寄せる。触りたい、とミスラは思った。それと同じくらいの強さで、壊したいとも思った。
ミスラの手が、ゆっくりと持ち上げられる。そして、賢者のまぶたへ触れようと、徐々に近づきつつあった。賢者の肌へ、実際に指が触れ合うより先に、指先に伝わるのであろう温かい体温をミスラは想像した。そして、奇しくもそれが目覚めのきっかけになったようだった。
ミスラの足元を、浮遊感が包み込む。抗う間も無く、それに全身が呑み込まれていった。恍惚と痺れていく頭の中で、目を覚ました自分の手には、しっかりと隣で眠る賢者の手が繋がれているのだろうとミスラは思った。