毒美(サイコダイバーシリーズ)

美空は、大ぶりなワインでグラッパを飲みながら、目の前にいる男を不思議な気持ちで見つめていた。向かいの席で、毒島は微かな微笑を口に留めながら酒を飲んでいる。つい先ほど、若い女性に声をかけられた時に浮かべていた笑顔が、そのまま口元に残っているのだ。
変わった人だな、と美空はこの男に対し、もう何度目かになる感想を抱いた。
一体どんな人生を送れば、このような男が出来上がるのだろう。わがままで、強引で、ナルシスティックで、驚くほどに無邪気な男が、どのようにして作られたのだろうか。美空にとって、この毒島獣太という男に出会ったことは、もはや驚天動地と言ってもいいほどの衝撃であった。
毒島だけではない。鳳介や、文成に出会った時もそうだった。世界が丸ごと変わってしまったかのような衝撃を受けた。鳳介と出会って、文成と出会って、毒島と出会ったその節目節目で、美空の人生は様変わりしてしまったかのように思える。しかし、その衝撃に反して、美空自体は何も変わっていないのだろう。対面する者たちの反応を見て、そう思う。
美空はこういう時、自身が一人ぼっちであるような気持ちになる。誰も自分を傷つけることなどできないし、自分に干渉することもできないのだろうと思う。後者はともかくとして、前者はおそらく当たっている。美空に痛みを感じさせる術を持つ者は、この世界のどこにも居ないのだから。
「おめえ、また何か変なこと考えてるだろ」
毒島の言葉に、美空は意識を現実へと戻した。怪訝そうな目をした毒島が、こちらをじっと見つめていた。どこか怒っているような表情に、美空はなぜだか愉快な気分になる。感情的になっている者を見ると、美空はいつも微笑ましい気持ちになってしまうのだ。
「変なことかは分かりませんが、毒島さんがそう言うならそうなんでしょうね」
そう答えると、毒島の眉が潜められた。苦痛に耐えているような表情だった。
「こういう時、もっと可愛げのある言葉を返さないから、お前はダメなんだ」
「可愛げのある言葉とは、例えばどんな言葉ですか」
「自分で考えろ」
毒島はやはり苛立ったような顔で、グラスを飲み干している。
今彼が感じているのは、一体どんな感情なのだろう。怒りだろうか、それとも屈辱なのか、もしくは軽蔑なのかもしれない。なんにせよ、毒島の心を推測するのは美空にとって不可能に近いものだった。