文成は今、コンクリートが剥き出しになった部屋で、四肢を拘束されていた。床に固定された椅子に座った姿勢で、両手両足をその椅子に縛り付けられている。
「さすがの私も、あなたから恨みを買うような真似はしたくないのでね」
灰色の天井を睨みつけながら、文成はここに自分を閉じ込めた時の美空の言葉を思い出していた。その言葉から察するに、文成にあのお得意の拷問をしたり、命の危機に晒すつもりはないのだろう。ただ、仕事を無事終えるまで、文成をここに閉じ込めておくはずだ。今現在、美空が任されている仕事と、文成が請け負っている仕事とが対立関係にあることを、文成はここに閉じ込められるまで知らなかった。
文成の額に、汗の粒がうっすらと浮かんでいる。暖房が効きすぎているせいだ。空調設定のミスかと文成は思っていたのだが、後にこれがわざとだったと知ることになる。
「調子はどうですか」
「最悪だよ」
美空が部屋に入ってきた。水と簡素な食事が載せられたトレイを手にしている。やはり、文成を餓死させるつもりは無いらしい。
「まさか、あんたの手でそれを食べさせるつもりじゃねえだろうな」
「お気に召しませんか」
無造作にスプーンが突っ込まれた食事用のボウルを見て、文成が言う。こんな状況で、例え片手だけだろうと、この男が文成の体を自由にさせるとは思えなかった。
美空が、文成の額に浮かんだ汗を見る。紅い唇が、より笑みを深くしたように見えたのは錯覚ではないだろう。
「喉が渇きましたか」
文成は答えなかった。美空はトレイを隅へ置いて、文成へと近づいた。目の前に立つと、音も立てずに法衣をたくし上げて、文成の膝の上に跨った。暖房のために軽く汗ばんでいる体が、衣服越しに美空と密着する。
「おい……」
困惑した文成が、声を漏らす。美空は無言のまま、文成の顔を上から見下ろした。唇が、笑みの形を描いている。その口がゆっくりと上下に開いて、ピンク色の舌がぞろりと現れた。たっぷりと、唾液をまとった舌だった。
文成は、その行動の意味が分からなかった。意図を察したのは、美空の舌先から、糸のように唾液が垂れてからだった。
文成の喉が、ごくりと鳴る。劣情のためではない。喉の渇きによるものだった。真上から、粘りのある透明な液体がこぼれ落ちてくる。文成の唇が、屈辱で歪んだ。トレイの上の水が、視界の端に映る。
「畜生」
掠れた声の後に、文成は美空の唾液を口で受け止めた。甘く、生ぬるい液体が、舌の上に広がっては喉の奥に染み込んでいく。文成の胸の底が、焼き切れそうなほどの熱を帯びていった。
「覚えてろよ」
美空からの返答は無かった。ただ、弾むような笑い声だけがコンクリートに響いていた。