文美(サイコダイバーシリーズ)

五月の大型連休の間、何の予定も入っていなかった美空と文成は、そのほとんどを二人きりで過ごしていた。連休だからといって特別趣味があるわけでも無い二人は、出かけることもなく美空のマンションに一日中こもっていた。
朝と夜に一度ずつセックスをし(勿論この一度のうちに何発もするという意味なのだが)食事は全てデリバリーで済ませた。そこらのホテルのレストランやティールームに行き、湯水のように金を使っても構わなかったのだが、二人とも食事に対して熱意があるわけでもなかった。ほとんどをピザや中華で済ませ、一度か二度はホテルのレストランに金を多く渡すからと無理を言って家に食事を届けさせたくらいだった。
連休の最終日、美空は昼近くに目を覚ました。まだ五月だというのに夏のような猛暑日である。ブラインドから差し込む光が、シーツの上や美空の裸体に、白い縞模様を作っていた。外の光があまりにも眩しすぎるために、部屋の中は逆に薄暗く、水槽の中にいるようだった。
目を覚ました美空は、まず差し込んできた日差しに目を細めると、隣で眠る文成を見て、その次に部屋の惨状を見渡した。今、この部屋の匂いは酷いことになっているのだろうと美空は思った。寝室の窓を開けることを美空は好まない。自分は鼻が慣れてしまったが、おそらく汗と体臭と呼気が混じり合った、獣の巣のような匂いをしているのだろう、と。隣で眠る文成は、冬眠中のクマのように体を丸めて眠っていたが、その寝息は空調の音にかき消されてしまいそうなほど静かだった。
「鳳介さんのところに遊びにいきましょう」
そう言ったのは美空だった。文成は反対しなかった。車を飛ばし、小田原の海に二人で向かった。予想通り、鳳介はそこに居た。広い砂浜の真ん中に、ぽつんと転がっている小石のようにして鳳介は寝転んでいた。陽だまりでうたた寝をしている猫のような顔で眠っている。
「こんにちは」
二人が鳳介の元に近寄り、美空が声をかけるより一秒早く、鳳介は目を開けた。
「おお」
鳳介は二人を見ても、特別驚くことなくゆったりと上体を起こし、のんびりとあぐらをかいた。
「元気そうじゃねえか」
「おかげさまで」
「こっちに来たんなら、玄斎のところに顔を出していけよ。美空の面を見たら喜ぶぜ」
「最初からそのつもりですよ」
鳳介が立ち上がると、彼のシャツやデニムから砂がぱらぱらと落ちていった。
「なんだなんだ。そっちから訪ねておきながらつまらなさそうな顔をしおって──」
「そう見えるかい」
出迎えた佐久間玄斎は、二人の顔を見るなりそう言った。口調は呆れていたが、その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。というよりも、面白がっているという風であった。
「つまらなそうだが、不貞腐れてはいないの」
「どう違うんですか」
「まあ、例えるなら──ハネムーンの最終日にやることがなくて退屈している、新婚夫婦みたいな顔だ」
そう言い終わると、玄斎は自分の例えに満足したのか、得意気に「ふふん」と笑い「おうい鳳介、飯の支度を手伝え」と奥に引っ込んでしまった。
文成と美空は、無言で顔を見合わせた。何となく、この言葉を聞くためだけにこの連休を無為に過ごしていたような、そんな気がしていたのだった。