文成が自分に好意を持っているらしいと知った時、美空はさほど驚かなかった。
文成仙吉という男は、他者に情を抱きやすい性質なのだろう、と考えていた為である。一度や二度は本気で殺し合った仲であっても、共に行動しているうちに情が芽生えてしまうのがこの男の悪い所だ、と美空は以前から思っていた。結果的には、その好意が美空の想像するものとは種類が違うことに後から気づいたのだが、ともかくそんな風にして文成からの好意を彼は受け入れた。
美空が受け入れてしまえば、後はもう早いものである。そもそもの生来からして、彼は知的好奇心の強い性格だった。文成がどんな風に自分に接してくるのか、美空は知りたくて仕方がなかった。物語を読み進めていくような気持ちで、美空は文成との距離をじりじりと詰めていった。そして、盟友だとか同胞だとか、そういう類の感情を向けられているわけではないと気がつく頃には、もう引き返せないところまで踏み込んでいたのであった。
じんわりと、痺れるような心地よさから美空は目を覚ました。彼にしては珍しく、深い眠りについていたらしい。その証拠に、意識が完全に覚醒するまで、すぐ隣で横たわる文成の気配に気づけなかった。
眠気を払うように数回瞬きを繰り返してようやく美空はこちらを見下ろす文成の存在を知覚した。彫りの深い、甘いと言ってもいいような顔が、じっと美空を見つめている。その視線と、体に触れるシーツの感触に、ようやく昨晩の記憶を取り戻した美空はいつもの微笑を浮かべてみせた。
「起きてたんですね」
「ああ」
「気を遣わなくても、さっさと叩き起こしてくれても良かったんですよ」
「よく眠ってたんでな」
やはり、珍しく熟睡していたようだと美空は納得する。疲れが溜まっていたのかもしれないし、女役をやるのが予想以上に体の負担になっていたのかもしれない。
「寝顔なんか見てても退屈でしょう」
無防備な寝顔を晒してしまったことで、美空は何となく気恥ずかしい気持ちになっていた。無意識の内に拗ねるような声が口から出る。文成はふいと視線を外すと「別に……」とぼそりと口の中で呟いた。
「迷惑をかける為に来たわけじゃない」
好きな相手を前にした思春期の子供のような顔だった。それを見て、自然と美空の口から「ふふ」と微笑が漏れる。
「恋人には優しいんですね」
あからさまに茶化した声に、さすがに文成がムッとする気配があった。美空はようやくいつもの自分に戻れたような気がして、いよいよ口元の微笑を深める。
「なにか食べますか」
ベッドから上体を起こし、時間を確認しようとする。既に部下がやって来て、部屋で待機しているかもしれない。それなら食事の用意をさせようと美空は思った。