「じゃあ、以前は青山のマンションに住んでいたんですね」
美空の言葉にそうだと頷いてみせる。二年前、おれは青山のマンションで一人暮らしをしていた。庶民には手の届かないトップクラスの高級マンションである。
そこに瀬川はるみが訪れて、黄金を巡る諍いに巻き込まれる羽目になった。
「意外そうな顔してんな」
美空の顔を見ておれは言った。できの悪いロボットみたいに笑顔を貼り付けている男だったが、最近はその中に浮かぶ僅かな変化を読み取れるようになった。
「毒島さんはホテル暮らしというイメージが強かったので」
やや首を傾げて言う美空に、おれは「ふん」とだけ返してやった。ホテル暮らしというのは、金を湯水のように使っても尚余る、おれのような人間しかできない特権なのだ。こいつも表面上はにこにこしていながら、内心嫉妬ではらわたがめくれ上がっているのかもしれない。
そう考えていると、妙に不躾な視線が注がれているのに気付いた。美空の黒目がちな瞳が、おれをじっと見つめている。
「なんだよ」
「いえ、誰かと一緒に暮らしていたのかと思いまして」
おれの予想になかった問いだった。
「一緒って、嫁がいたのかって意味か」
「はい」
思わずまじまじと美空の面を見てしまった。その視線を平然と受け止めながら「独り身だったんですか?」と聞いてくる。
「逆になんで嫁がいると思ったんだ」
「そんなにおかしい発想でしたかね」
「おかしいだろ。よく考えてみろ。おれが一人の女を嫁にしたら、その他百人の女が悲しむんだぜ」
言った直後に、百人ではなく千人の方が妥当だったな、と考え直した。しかし美空は数の大きさにまで気が回っていなさそうな顔でおれを見つめ返すばかりだった。唇に微笑を浮かべたまま、動揺めいたものが瞳に浮かんでいるのが分かる。
「毒島さんって」
「おう」
「意外と誠実なんですね」
その場にずっこけそうになった。
「妻のために不貞を控えるって意味で合ってますよね?」
「当たり前だろ!大体お前、おれが猿みたいに女を食いまくる男だと思ってたのか!?」
流石のおれも既婚者には手を出さない。いや、向こうからとうしても抱いてとねだられたらするが、それでも後々面倒なことになりそうだったら手を引いている。
美空の返答は無かった。いつもの薄ら笑いを浮かべたままおれを見ている。
「おめえ……」
「いえ、ちょうどいま答えようとしたんですよ」
「嘘つけ」
「だって、あんまりすぐに否定したらそれこそ嘘だと思うでしょう。毒島さんは」
言われてみると確かにそうかもしれなかった。けれどおれの心情を慮って、もう少し早く否定できなかったのかとこの男を問い詰めたくなった。