部屋に射し込む日差しのまばゆさに、カーヴェは目を覚ました。むずがる赤子のように、顔をしかめては目を擦っている。
彼はタオルケットを目元まで引き上げた。覚醒しかけた意識を、無理やり眠りの淵にとどめようとしたのだ。この寝室は、朝日が入り込みすぎる。質の悪いカーテンを使っているせいだ。彼はそう何度も家主に訴えてきたのに、改善される様子がない。そうなると、家に転がり込んだ側な手前、それ以上文句をつけられなくなる。
ようやくうつらうつらとし始めた頃、今度はまた別の邪魔が入った。薄手のスウェット越しに、股ぐらが圧迫されている。カーヴェは目を開けた。見ると、ベッドの傍らに立ったアルハイゼンが、彼の股間を足蹴にしていた。
「おい!」
カーヴェが声を上げて、股間に置かれている足を蹴飛ばそうとした。しかし、ひょいと足を引っ込められて、彼の爪先は宙を泳いだだけに終わる。
「なんなんだよ」
「別に」
アルハイゼンが答える。彼も寝起きだというのは、ボクサーパンツ一枚という恰好から見てとれた。分厚い体を惜しげもなく晒している。彼の目に映る世界の中に、「寝間着」というものは存在していないのかもしれない。カーヴェがそう考えてしまうくらい、就寝時のアルハイゼンはいつもこんな格好をしていた。
「君がいなけりゃ、もっと寝心地が良かっただろうと思っただけだ」
パンに生えた青カビの数を読み上げるような声でアルハイゼンが言う。正論だ。男二人で一緒に使うには、このベッドは狭すぎる。正論だからこそ、カーヴェは苛立ちを覚えた。元々彼は、寝起きに機嫌がいいタイプではない。
意趣返しとばかりに、寝転がったまま足を伸ばして、アルハイゼンの股間へ足裏を押しつけた。薄い布越しに、まだ柔らかい逸物の感触が彼の足裏に伝わる。アルハイゼンはさして狼狽えなかった。股を足蹴にされたまま、腕を伸ばしてカーヴェのスウェットに手をかける。ズボンのウエスト部分を引っ張ると、太ももの付け根にある真っ白い肌が、薄暗い寝室の中に晒された。
「さわるな!」
股から足を外し、その手を払いのける。今度は相手の肘に一瞬だけ当たったらしい。アルハイゼンはさっきよりはいくらか感情を含んだ顔で鼻を鳴らすと、無言のままリビングへと去っていった。
「うすのろなめくじ!」
カーヴェは同居人の背中に向かってそう叫んだ。ふにゃちんの意である。同居人が消えるまでを見届けた後、苛立ちを発散するようにカーヴェは乱暴に寝返りを打った。そうしながら、ついさっき向けられた目を思い返す。カーヴェは下着を身に着けずに寝起きする習慣がある。締めつけられる感覚が嫌なのだ。さすがに外出時はちゃんと下着を履くものの、就寝時くらいリラックスした姿でいたい。今だって、全裸の上にスウェットの上下を着ているだけだ。それを咎められたような気がした。君こそ他人の恰好にケチをつけられるのか?という目だった。
アルハイゼンがほぼ全裸に近い恰好でいることに、カーヴェは以前から度々苦言を漏らしている。いくら男所帯だからって、もっと慎みを持ったらどうだ、という風に。そのたびにアルハイゼンは、睨みはしないもののカーヴェのことをじっと見つめてくる。主にスウェット一枚に包まれただけの股ぐらを。
別にそれくらいいいじゃないか。カーヴェはそう自問自答する。少なくとも、下着の中でどっち曲がりに収まっているのかを見せつけるよりずっとマシだ。そう考えてみると、カーヴェは自分の主張が一気に筋の通ったもののように思えてきた。
リビングの方から、入れたてのコーヒーの香りが漂ってくる。カーヴェは途端に空腹を覚えた。あの同居人が、気を回してこちらの分まで用意してくれるわけもない。だからといって「アルハイゼン、僕にも!」とリビングに向かって叫ぶ気にはなれなかった。自分の足でキッチンに行って、コーヒーを淹れに行くのはもっと嫌だ。
膝を抱え、胎児のような恰好になりながら、枕に頬を押し付ける。カーヴェがアルハイゼンの家に転がり込んでから、もう四か月になる。それなのに、彼はもう何年も彼と一緒に暮らしてるような気がしていた。