「君は痛いのが好きなのか」
そう尋ねられたとき、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。蒸し暑い夜で、ベッドの上で絡ませた手足は、直前の行為のせいで火照っていた。そんな状況なのだから、意味するものなんてひとつしかないのに。
「人を変態みたいに言うな」
「なら、どうしてああいうことを言うんだ」
打てば響くように返されて、カーヴェは言葉に詰まった。今からほんの数十分前のことだ。アルハイゼンのものを後ろで咥えこみながら「ひどくしてくれ」と彼は言った。腰を掴むアルハイゼンの手に、自分の手を重ねながら。
「もっと乱暴にしてくれていい」
痣ができるくらいひどくされたかった。彼の指が皮膚を圧迫して、その下に内出血ができて、爪の先が真皮を突き破って血を流しても構わないとさえ思った。
痛みはカーヴェにとって自罰と同じだった。痛みが与えられたとき、なすべきことをしたかのような充足感に満たされるのだ。自分はちゃんと「わきまえている」のだと、誰かに弁明するのにも似ていた。
「気が晴れるんだよ」
カーヴェは仕方なくそう答えた。自身の考えを、完璧に言い表せる言葉を彼は知らない。知っていても、この同居人に理解してもらえることは一生ないのだろう。
「君は変わってる」
アルハイゼンの言葉にカーヴェは何も言わず、分厚い肩に頬を寄せて目を閉じた。それを返事代わりとした。アルハイゼンの方もそれを理解したらしく、それきり言葉を交わさないまま、二人は朝まで眠りについた。
一体いつから「そういう目」で見られていたのか、カーヴェはあまり理解していなかった。
ほつれた横髪を耳にかける指先だとか、グラスに口をつける直前の、少しすぼませた唇に、同居人の視線を感じることは多々あった。妙に熱っぽくくすぐったいそれに、違和感を抱きつつも追求しようとは思わなかった。どうせこちらの一挙手一投足を監視して、難癖でもつけたいのだろうとひとりで納得していたからだ。
最初に体を重ねたのは、今日のように蒸し暑い日だったはずだ。昼に干した自分用のシーツが、湿度のせいか中々乾かなかった。それを理由に、ベッドを半分貸してくれと頼んだ。たった一晩だけのことだ。床やソファーに寝ていればそれで済んだというのに、なぜあの時自分があんな風に言い出したのか、カーヴェ自身もよく分かっていない。何かしらの予感があったのかもしれないし、不愛想な同居人になにかを期待していたのかもしれない。
ベッドが大きめで助かった、と彼は思った。端と端に寄れば男二人でも十分使える。外から入り込む風が、カーヴェの額を撫でた。あまりの熱帯夜に、窓を少し開けていたのだ。
「あつい」
ほとんど声にならないほどの声量でカーヴェは呻いた。髪や服が、汗で肌に張りついていく。彼は横になったまませわしなく髪をかきあげた。衣擦れの音が部屋に響く。そろそろ隣から、うるさいと言われる頃かもしれない。いつもの習慣からそう身構えていたカーヴェであったが、待ち受けていたのはそういった嫌味ではなく、髪を撫でる手指の感触だった。
ギョッとして背後を振り返ると、アルハイゼンはいつもの仏頂面のまま、カーヴェの髪に手を伸ばしていた。
「なんだよ急に」
「なにがだ」
さして動揺もせずにそう返されると、カーヴェは何も言えなくなる。同居人にとって、この程度のスキンシップは気まぐれに過ぎないのだろうか。変に騒ぎ立てるのもおかしい気がして、彼は大人しく受け入れた。長い指が髪をとかしていく。そこに夜風が触れていくのが、ひどく心地よかった。
カーヴェは幼少の頃の記憶を思い出した。ドレッサーの前に座った彼の髪を、母親が櫛でとかしてくれている光景だ。今のように、外からは柔らかい風が入り込んでいた。花の匂いをさせた風だった。目の前に鏡があるというのに、カーヴェはその時の自分がどんな表情をしていたのかを知らない。彼が覚えているのは、鏡に映る、櫛を手繰る母親の白い手指と、幸福そうに微笑む彼女の顔だけであった。
カーヴェは目を閉じた。その行為にさしたる意味はなかった。感傷に浸りたいと思ったのか、髪を撫でる甘やかな感触が自然とそうさせたのか。けれど、アルハイゼンは別の捉え方をしたらしい。
口を塞がれた。ぞくりとするほどに柔らかい感触。それが唇であると、コンマ数秒もかからずにカーヴェは理解した。
「なに……」
唇が離れた隙に、目を開ける。アルハイゼンと目が合った。いつもと変わらない、凪いだ水面のように静かな目だった。酒に酔っての錯乱ではないと、嫌でも分かってしまう。カーヴェは逃げるようにまた目をつむった。自身の胸の内を見透かされたかのような、奇妙な気恥ずかしさが彼を襲っていた。
目を閉じても、現実から逃げ切れるわけではない。一度離れた唇が、今度は額に降ってきた。次は目元、次は頬に。
「う、あ、ぅ」
カーヴェの薄い唇が、震えながら声を漏らす。彼は混乱していた。他人の唇というものは、こんなにも柔らかいものだっただろうか。触れた場所から、溶けて崩れて、自分の核がこわれていきそうな心地がした。この唇が、他でもないアルハイゼンのものであるという事実が、いっそうカーヴェの心を犯していく。
アルハイゼンの頭が、首を辿り、鎖骨へと下りていく。カーヴェは再び目を開けた。縋るような目をしていただろう。彼自身もそう分かっていた。胸のあたりで、あの冷えた瞳がこちらを見ていた。心持ち上目遣いになって、カーヴェを見つめている。甘い水に血を一滴だけ落としたような、獰猛な気配がその瞳の奥にあった。獲物にかぶりつく許可を、待ち続けている番犬のような。
「もう……、」
やめてくれ、とカーヴェは言おうとした。そう言ってしまえば、おそらくこの同居人は、何事もなかったかのように身を離してくれるだろう。そしてカーヴェ自身も、翌日、翌々日と過ごしていくうちに、あれはただの夢であったような気持ちになるはすだ。
今ならまだ引き返せる。そう思った瞬間に、カーヴェの胸の中で疼くものがあった。あの、押し当てられた唇が、もう自分に触れることはなくなるのだろうか。もしくは、自分以外の、彼にふさわしい、美しく聡明な誰かのものになるのかもしれない。そう思った途端に、気が狂いそうなほどに嫌だと思った。それ以外の全てをなげうってでも、彼を誰かのものにしたくない、と強く思った。
「もっと、してくれ」
カーヴェはそう言った。薄闇の中、アルハイゼンの瞳だけが、獣のような光を帯びたような気がした。それがはじめて体を重ねた日のことだった。
前から思ってたんだが、と前置きをしてカーヴェは言った。
「君はずいぶん手慣れてるな」
「そう見えるか?」
アルハイゼンは、カーヴェを脱がしてやる手を止めないままそう答えた。
「経験人数が多いんじゃないか」
「そう見えるか」
さっきと全く同じ返答だった。真面目に答えていないのがあからさまである。カーヴェは内心ふてくされたが、自分の聞き方もいささか下品すぎたな、と少し反省した。アルハイゼンに脱がせてもらうのが、カーヴェは好きだった。じりじりと追い詰められていくような、自分を包み込んでいる殻をひとつずつ剥がされているような、ひそやかな興奮が体を満たしていく。
下品な物言いになるが、こういったことに「慣れている」男というのは、相手をよがらせるのが得意だとか、気持ちよくさせるのが上手い奴のことを指しているのかと彼は今まで思っていた。けれど今は、「体を明け渡してもいい」と相手に思わせる男が、手慣れてるのではないかと思うようになった。カーヴェにとってのアルハイゼンがそうだった。輝かしい名声のためとはいえ、見栄を張って生きてきた自分が、体を暴かれることを許せる相手ができたということが、自分のことながら信じられなかった。
アルハイゼンとするようになるまで、カーヴェは誰とも経験がなかった。肩書や経歴がきらびやかになるほどに、自己をさらすことへの恐怖は増していく。臆病な性格が原因であると自分で分かっていた。
「君には、なにもかも委ねたくなるよ」
カーヴェが漏らしたその言葉に、アルハイゼンは黙って目を細めるだけだった。そういう割には、反抗してばかりだとでも言いたいのだろうか。
こういう事をする時だけって意味だよ。そう口にしようとした直前に、覆いかぶさってきたアルハイゼンに口を塞がれて、彼は反論する機会を逃してしまった。
「また狭くなったな」
耳元でアルハイゼンがそう囁いたのは、後ろをほぐしている最中だった。窮屈な穴の中を、長い指がかき回している。耳を濡らすほどに吐息が熱い。
「ゆるいよりはいいだろ」
「あんなに広げたのに」
惜しむように言われて、体が自然と熱くなった。そもそも、こんな風に言えるということは、比べられるほどに感触を覚えているのだろう。聡明な同居人の頭の中で、どんな風に記憶されているのか、正直考えたくもないと彼は思った。
「カーヴェ」
また、耳元で囁かれた。鼓膜まで吐息で溶けてしまいそうだ。腰が跳ねて、背後にいるアルハイゼンに擦りつける恰好になる。
「なに」
「顔が見たい」
意味を理解するまでに、1,2秒の間ができた。カーヴェがようやく吞み込めた瞬間に、アルハイゼンは唇をすぼめて、耳の奥まで届くように冷えた息を注ぎ込んだ。火照った肌をあやすような感触に、カーヴェの肌がさざめき立った。
「顔っ、て、いつも見てるだろう?」
「いま見たい」
次いで、耳の浅い部分をアルハイゼンの舌が愛撫していく。濡れた部分に風が当たっては、そのたびに腰が砕けていくような気がした。ピンク色の舌先が、自身の耳たぶや穴のふちをくすぐっている光景を想像し、カーヴェの胸にぶわりと汗が浮かんだ。濃くなった汗の匂いを楽しむように、背後でくん、と満足げに鼻を鳴らすのが聞こえる。
「わかった、わかったから……」
今にも泣きだしそうな顔でカーヴェが頷く。体ごと背後に向き直った。
二人の視線が絡み合う。普段と同じ、色も熱も変わらない瞳がカーヴェを見つめていた。それが余計に恥ずかしくてたまらない。蕩けた表情や、唇から漏れる吐息さえ、その視界の中にすべて収まっているのではないかと思ってしまう。
カーヴェはアルハイゼンの胸元辺りに視線をうろつかせていたのだが、「目を見ろ」と言われてそうせざるを得なくなった。見つめ合った瞳の、ひやりとした眼差しに、体の熱が増していく。不意にアルハイゼンが口を開いた。
「そんなにいいのか?」
「は……」
「そういう顔をしている」
頬に血が集まるのを感じた。こうして見つめ合っている間も、アルハイゼンの指は穴の中でうごめいている。その動きに、慣らすためだけではなく、「探る」意図もあるのはあからさまだった。肉を押し広げながら、小刻みに位置を変えて、指の腹で愛撫をする。引っかけるような動き、撫でさする指先に、カーヴェの「前」がとろとろと蜜をこぼしていく。
「あ」
カーヴェが声をあげた。内側の壁のある一点、そこを指で押しつぶされたのだ。潤んでいた赤い瞳が、ほんの一瞬だけ焦点を失い、遠くの方で結ばれた。半開きになった口の端から、糸のように唾液が垂れていく。
その表情を、アルハイゼンがどんな顔をして見つめていたのか、カーヴェ本人は確かめる余裕もなかった。ただ、後ろの指がそこだけを執拗に愛撫し始めたことだけが分かる。
「う、あ、ああ、ぁ、あ」
中を擦られるのに合わせて、細い腰をくねらせる。アルハイゼンが探り当てた場所は、予想していたよりもずっと敏感だったらしい。恋人の硬く尖った胸の先や、快楽に蕩けた瞳、汗の浮いた額までもを、鑑賞するかのように彼は見つめていた。
「あ、るはいぜ、も、やめて」
「それは早く挿れろという意味か?」
「い、ちが、」
慣らすのをやめるということは、次にすることは挿入しかないので特段違うわけでもない。しかしアルハイゼンは反論せず、大人しく指を抜いてやった。カーヴェはぐったりと横になった。口の端からシーツへと、細く垂れていた唾液がぷつりと切れる。満たしていたものが無くなった穴が、いまだ物欲しそうにヒクついていた。自分はあさましい生き物なのかもしれない。カーヴェはそう思いながらベッドの上で息を整える。
その間に、アルハイゼンは上体を起こしていた。下着を脱ぐ。ばね仕掛けのように、ぶるんと音を立ててペニスが中から現れた。既に硬く勃起している。体の厚みに釣り合った、太さと長さをしていた。挿入する前に、二、三度手で扱き上げる。赤黒い先端から、絞りだされるかのように先走りが溢れた。
カーヴェは無意識のうちに、その光景を見つめていた。恍惚と言ってもいいくらいの表情で。見ているだけで、雄の匂いがこちらにまで届いてきそうだった。アルハイゼンと目が合って、ようやく我に帰る。視線が交わった瞬間、咎められたような気がしてカーヴェは顔を赤くした。目を逸らしたカーヴェを追いかけるように、白い顔に影が落ちた。見ると、アルハイゼンが覆いかぶさっているところだった。太ももの裏を手で持ち上げられる。思わず掠れた声で問いただした。
「待て、その、向かい合ってするのか?」
「犬と同じ格好の方がいいか?」
わざと煽るような言葉を使われた気がして、カーヴェが口をつぐむ。今夜はいつも以上にアルハイゼンにされるがままだ。
先端を押し当てられる。指や舌とはあきらかに違う熱と質量を持っていた。ず、とほんの数ミリ、入口にねじ込まれる。
「ふ、」
アルハイゼンの顔が肩に埋められる。互いの髪が混ざり合ってくすぐったい。
ゆっくりと、じれったくなるような速度でペニスが押し込まれる。アルハイゼンはいつもこうだ。一番最初だけ、時間をかけて挿れようとする。教え込むみたいに、もしくは、刻み付けるように。
ようやく全部が収まった。下腹部を満たしているモノの質量は、いつものことながら目で見るよりもずっと大きく感じられる。あの骨ばった手に握られていたから、余計に小さく見えたのかもしれない。
赤黒い色をしたあれが、自身の粘膜に吸い付かれている光景を彼は想像した。「動くぞ」と耳元で言われる。宣言通り、荒々しいピストンが始まった。
太く反り返ったモノが、内側の凹凸ひとつひとつを、撫で上げては押しつぶしていく。ただ出し入れしていくのではなく、さっき探り当てた場所へ、一番太い部分が擦れるような腰使いだ。うねっていく中が、引き抜かれようとするモノを引き留め、しゃぶりつくす。腰が甘く疼いた。声が抑えられない。抑えられるわけがないだろう、とカーヴェがよく分からない弁護を頭の中でする。彼の耳元で、荒い息がした。覆いかぶさっているアルハイゼンのものだ。密着しているせいもあって、巨大な犬に犯されているような気分になる。
「いま、どんな顔だ」
「っ、は、なに?」
「さっきみたいに呆けた顔をしてるんだろう?」
吐息と一緒に、耳の奥にそう吹き込まれる。穴の隅々まで熱い息で濡らされて、腹のなかだけじゃなくて、頭の中まで犯されているようで気持ちがいい。
でも、さっきみたいにとはどの顔のことだ。見つめ合って後ろを解されていた時か。それとも、彼の怒張を見つめていた時か。カーヴェはそう逡巡する。どちらにしても、恥ずかしい顔であることに変わりはない。
そもそもとして、今の体勢ならどんな表情かなんてすぐに確かめられるのに、それをせずに聞いたのは、こちらを辱めたいからだろう。そう思って、後ろの穴がきゅうと窄まった。アルハイゼンの方も、自分を覆う肉の筒が締まったのを感じたはずだ。そう考えると、ますます恥ずかしさで身が焼かれていく。
カーヴェは無意識のうちに、相手の腰に脚を絡めていた。まるですがりつくように。二人の体が密着して、ぎりぎりまで引き抜かれた後、腰を叩きつけられたときの快感が、より強くなる。白い足指の先が、ぎゅ、と丸まった。身を貫く電流を逃そうとする。触れられてもいない胸の先端が、なにかの証のように硬く尖っていた。
「はふ」
波が、足元をさらっていくような心地がした。カーヴェはいつの間にか、前の方で達していた。雄としての快感の他に、後ろから与えられる別種の快感が重なっていく。
ふたりの腹の間で精液が吐き出されたので、カーヴェが達していることは分かっているはずなのに、ピストンを止める気配はない。絶頂に昇りつめて、戻れなくなっている細い体が、こまやかに腰を跳ねさせている。「こっち」で絶頂を迎えるべき体なのだと、そう教え込まれているかのようにも見えた。
「あ、あ、もっと、痛く、して」
息も絶え絶えになりながら、カーヴェはそう喘いだ。もっとひどく扱って欲しい。絶頂を迎えるたびに、いつもこう思ってしまう。ただの肉の穴として使って欲しい。こうやって何もかも受け入れてもらえて、気持ちよくなるなんて、自分にはふさわしくないと彼の内面にある薄暗い部分がそう言っている。
「できない」
「あ、なん、で」
アルハイゼンが首を振る。それに合わせて、揺れた髪の毛が頬をくすぐる感触に、カーヴェは泣きそうになった。
もっと直接的な言葉でねだったこともある。首を絞めて欲しい。痕が残るほど手首を押さえつけて欲しい。そのたびに断られていた。自分の都合で恋人の手を汚させるのは、たしかにいけないことだろうと、冷静になってみれば分かる。それでもこんな風に絶頂を迎えて、体中の血液が脈打って、肌を突き破りそうになっている時、なぜだか痛みを求めてしまう。それが与えられたら、絶頂とは別の、救いにも似た何かが訪れるような気がするのだ。
「は、ひ、あぁ、あ」
ねじ込まれては、引き抜かれる。その単純な動作が、おかしくなるほど気持ちいい。頭が真っ白になっていく。思考はままならなくなるのに、自罰を求める声だけはやけに鮮明になっていく。顔に痣をつけてもいいし、手足を邪魔だと言って折ってもいい。これじゃあ物足りないからと、中に挿れたまま下腹部を殴りつけたっていいとさえ思う。そんなことをされたら、後になって後悔するに決まってるのに。
ぶつ、と、最奥を開かれるような感触がした。体の内側を、昇り詰めていくものを感じる。その手ごたえはアルハイゼンも感じたらしく、畳みかけるようにそこへ何度も叩きつけた。ぴゅる、とカーヴェの「前」が蜜を吐く。あまりの快感に、目がぐるりと上を向きかけた。開いた口の端から、唾液が垂れて頬の方に伝っていく。
「君は、ひどくしてくれる男なら誰でもいいのか?」
荒い息遣いの合間に、耳元でそう囁かれる。ひどく静かなのに、苛立っているかのようにも聞こえた。カーヴェは首を振って否定した。返事をする余裕は無かった。彼の喉はいま、何よりも酸素を必要としていたから。
ピストンが激しくなる。えぐるように、肉の穴を満たした。それでも待ち構えていたように、ふっと呼吸が軽くなる瞬間があって、ようやくカーヴェは
「君だけだよ」
とただそれだけを口にできた。
アルハイゼンだけだ。カーヴェが体を明け渡そうと思えるのは。彼以外の誰かに、体を許せるわけがなかった。すぐそばで、熱を帯びた息が吐き出されるのを感じた。
「俺もだ」
ぱち、とカーヴェの視界で火花が散った。いっそう質量を増したソレが、ぐぷ、と奥に叩きつけられたから。穴が締まる。腰が今までにないくらいに跳ねた。頭のてっぺんから、足先まで痺れていく。
「~~~~〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!」
カーヴェは、前と後ろの両方で同時に達していた。色のうすい液体が、腹を汚していく。快感は、最初に射精した時よりずっと大きかった。後ろの方で得た絶頂が、あまりにも強すぎたから。脳が白く焼かれていく。
それより少し遅れて、アルハイゼンの方も達したらしい。カーヴェの中に、熱い液体が注ぎ込まれていく。射精の時間は長かった。カーヴェが絶頂の余韻に浸っている間もまだ続いていた。呆けて半開きになった口をアルハイゼンが塞いで、そこに舌と唾液を流し込んだ。カーヴェは上も下も同時に注がれながら、体を預けきっていた。
「君は体を鍛えた方がいいんじゃないか」
なにもかも終わった後、ベッドの中でそう言われて、カーヴェは眉を寄せた。彼は生ぬるいシーツをいとおしむように、頬を押し当てて寝そべっている。隣には、アルハイゼンも寝ていた。ふたりとも、髪や手指、まつ毛の先にまで、情事後の気だるさが表れているように見えた。
ふたりはあれから、何度か体位を変えて行為の続きをした。特にカーヴェの方が何度も達し続けて──彼が潮を吹いたあたりで打ち止めになった。その際には、アルハイゼンが背後から抱きかかえて、まるで赤ん坊にトイレの練習をさせるような恰好で行った。自分の吹いた潮を見せられる羽目になったカーヴェとしては、ようやく恋人が満足してくれて安堵しているところだった。
「僕が貧弱だって言いたいのか?」
「そうすれば、ああも気をやるようにはならないんじゃないのか」
カーヴェは数秒かけて、その言葉の意味を理解しようとした。そして理解した瞬間に、困っているのか苛立っているのか、よく分からない顔をしてわずかに頬を赤くした。
「体というか、感度ってことだろう……それは……」
「万が一にでも、君が変な輩に手を出された時が心配になる」
「鍛えてどうにかなるものでもない」
「そういう類の論文をこの前見つけた」
カーヴェがアルハイゼンに視線を寄こす。行為のせいか、目元は赤く腫れていた。彼にしては珍しく、見つめ合ったその瞳に、何の感情も浮かんでいないようだった。しかしその理由はすぐに分かった。視線を絡めたまま、その赤い瞳へ徐々にまぶたが下りつつあったからだ。
「……考えて、おくよ……」
そう言い終わる頃には、両目は完全に閉ざされていた。アルハイゼンはしばらくその顔を眺めてみたものの、まつ毛が持ち上がることはなく、静かな寝息だけが聞こえてくるのみになった。
彼の視線が、シーツの上を移動する。そこには、投げ出されたカーヴェの手があった。無防備に投げ出されているそれは、白い花のようにして視界に横たわっている。アルハイゼンは、その手に触れた。この手を重ねられて、「もっと乱暴に扱って欲しい」と言われた時のことを思い出す。
「それでも、君の妙な悪癖は消えないのかもしれないな」
カーヴェには聞こえていないと知りながら、アルハイゼンはそれだけ言って、彼もまた目を閉じて眠り始めたようだった。