「寒いね」
公子殿が言う。それをどこか遠く、水槽越しの音のように聞いていた。
「雪は好きだけど、スネージナヤの雪とは違うんだもんな。あっちの方が少し乾いてる。あと、匂いも違うんだよ。先生には分からないかな」
彼は窓辺に腕をついて、外を覗き込むようにして立っている。窓の外に手を出して、雪を受け止めながら。その後ろ姿の、いかにも若者らしい仕草や、みずみずしい肌や、身軽そうな手足の動きの、生々しさに少し戸惑う。まるで彼が、現実に存在するもののように見えたからだ。五百年前、彼は死んだはずだというのに。
「無口だね、先生。昔はもっとお喋りしてくれたのに」
「亡霊と話すのは慣れてないんだ」
「あはは!そりゃそうか」
窓から手を離し、彼がこちらを見る。壁に寄りかかって。片脚のつま先を、もう片方の脚に絡ませるようにしながら。
「それとも、俺のこと疑ってる?本当にここにいるものなのかって」
「それもあるだろうな」
「俺はちゃんとここにいるよ。先生の妄想の産物じゃない」
「それにしては、お前の存在はあまりに奇妙だ。この五百年間、何をしていた?」
「ずっと先生のそばにいたんだけどね」
先生が気がつかなかっただけだよ。そう言われても、疑うより他にない。五百年、その間に起きたことを思い出そうとする。旅人がこの世界から立ち去って、公子殿が亡くなって、七神の一部が代替わりした。それと、堂主も何度か変わった。あの少女はもうここにいない。一つ一つ思い出すたびに、古傷が痛むような感覚を覚える。別れ。それは岩神であった時代に、数えきれないほど経験してきた。受け流せていたそれが、最近そうではなくなっている。これが、凡人としての感覚なのだろうか。
「ほら、それだよ」
彼が言う。それ、とはどのことを指しているのだろう。
「先生は、磨耗した。耄碌老人ほどではないけど。だから、俺が付け入る隙ができたんだよ。分かるだろう?」
公子が近づいてくる。俺の指を手に取って、それを自身の頬に這わせた。生ぬるい、すべらかな肌の感触。甘やかな摩擦が、肌と肌の間で溢れる。手は頬の上をすべり、彼の唇に指を添えられる。その口の中へ、彼が指先を押し込んだ。
「あっ」
思わず、手を引き抜いた。跳ね除けたと言ってもいい。怖かった。指先に触れた、蜜の中に手を突き入れたような感覚が。彼は気を悪くした風もなく、目の前で笑っている。甘やかな煙のように。
「仲良くしようよ。先生。これからまだ数百年はあるんだからさ」