ほだされていく(※R18)

 綾人にとってのトーマは、他の人間たちとは明らかに違う、唯一の存在だった。
 肉親である綾華を除いてただ一人、心からの信頼を寄せている相手だと言えばその特別さも分かるだろう。
 そのために、トーマから向けられる好意を、同じくらい返してやりたいと思うのは綾人にとって当然のことだった。彼がこちらを愛するように、自分も彼を愛してやりたかったし、彼が望むものは全て与えてやりたいと思っていた。
 側から見ると、彼らはお互いを尊重し、信頼し合っている理想的な主従に見えただろう。しかしたった一つだけ、二人の間に残酷なすれ違いがあった。
 トーマが綾人に向ける好意と、綾人がトーマに向ける好意は、似ているようで、全く異なるものだったのだから。

「っふ、う、ぅ……♡」

 ずぷ、という音を立てて、熱く膨らんだものが綾人の中に出し入れされる。杭のように固いそれは、中の粘膜を余すことなく蹂躙していった。
 トーマが腰を打ちつけるたびに、入り口から最奥まで、甘やかな痺れが生まれては綾人を蕩けさせていく。綾人は声を押し殺しているつもりだったが、快楽に溺れつつあるのが吐息の端々に表れていた。

「んん、っう、あっ、は……♡」

 俯いた綾人の視界の中で、ふだん執務に使っている机と、そこに肘を付いた自身の両腕が映っている。机に縋り付くようにして四つん這いになり、背後からトーマに犯されているこの状況を、改めて思い知らされた。
 慣れ親しんだ文机を見て、昼間に交わしたトーマとのやり取りが自然と思い出される。いつも通り仕事をこなし、その合間にトーマがお茶を淹れてくれた。その時の彼はいかにも普段通りの、無邪気で快活な笑顔を向けてくれていた。第三者の目から見ても、二人は親しげな上司と部下にしか見えなかっただろう。それなのに、今のトーマは昼間の姿が嘘だったように、背後から綾人を犯している。
 もしかしたら、このトーマは偽物なんじゃないだろうか。彼と体を重ねるたびに、綾人はそう疑ってしまう。もしくは、自分が見ている夢か幻覚なのではないか。そう思うほどに、夜のトーマは昼間の彼とかけ離れていて、内に潜む欲望を躊躇うことなく綾人に向けている。
 物思いに耽っていた綾人の意識が、現実に引き戻される。ねじ込まれていた陰茎が、ぐぽ、とギリギリまで引き抜かれたのだ。それに合わせてわずかに捲れ上がった入り口の粘膜が、外気に触れてヒクヒクと震える。

(来る……)

 また奥まで押し込まれることを予想して、綾人は反射的に体をこわばらせた。これから身を貫くだろう快感に、期待以上の怯えが彼の身を包む。
 しかし、待ち構えていたものはやってこない。雄の象徴をねじ込まれるだろうと期待していた中の肉が、物足りなさに身をくねらせる。
 無意識のうちに綾人が全身の力を抜く。すると、それを見越していたかのように、トーマのモノが勢いよく刺し貫いた。

「ひい゛ぃ゛っ♡♡♡!?!?」

 綾人の口からあられもない声が上がる。端正な彼の顔の中で、両目が一瞬だけぐるりと上を向いた。力の抜けた口から唾液が垂れて、机にぼたぼたと落ちていく。
 油断していたために、身を貫く快感を綾人はダイレクトに感じてしまった。わななく中の肉がトーマのモノを締め付けて、その形をより伝えようとする。
 綾人の手足がガクガクと震える。全身に広がる甘い痺れに、彼の頭は真っ白になっていた。

「考えごとですか、若」
「ち、が、っぅ、あ……っ」

 途切れ途切れに否定するも、咎めるように最奥に入れたまま、先端でぐりぐりと抉られる。

「あっ♡、ひぃっ♡いっ♡」
「今くらい、仕事のことは考えないでくださいね」

 ゆったりと腰を回す動きに、肉棒の先が余す所なくなすりつけられる。緩んだ口からまた唾液が垂れる。
 普段であれば、こんな風に小言を言うトーマに対して、綾人は余裕たっぷりにからかってみせるくらいはするだろう。それを受けて困惑したり、もしくは照れたりするのがいつものトーマだ。
 トーマが抽挿を再開する。さっき以上に広げられた穴は、あまりに激しい出し入れのために空気までねじ込まれているらしい。ごぷっ、という下品な音が立て続けに響いていた。
 突き上げられるたびに、綾人の体が小さく跳ねる。それを押さえつけるように両手で腰を掴んだまま、トーマが耳元で囁く。

「気持ちよかったら、ちゃんと言ってくださいね」
「っ、ぁ、トーマ、すごい、いいっ……♡」
「っはは……、正直でえらいですね、若」
「はあっ♡、ひいっ♡いっっ♡♡」
「ほんとは将棋よりもこっちの方が好きなんじゃないですか?」

 休みなく続くピストンに、次から次へと快感が押し寄せてくる。そのたびに頭が真っ白に塗りつぶされる。
 普段、社奉行としての務めを果たしている綾人を知る者であれば、この姿に衝撃を受け、あまりの淫らさに劣情を抱くだろう。そのうえ、そんな姿にさせているのが自分だと考えたら、トーマの興奮は想像に容易いはずだ。
 ピストンが緩やかになる。それと一緒に、トーマが上半身を屈めて綾人に身を寄せた。耳元に唇を寄せて息を弾ませながら途切れ途切れに囁く。

「オレ、若とこういうことができて、すごく嬉しいです」
「ん、ぁ、……?」
「ずっと、片想いのままだと思ってたから、前は若の下着とかこっそり使って、いつも一人で済ませてたんですよ」

 穏やかに囁いていた声が、少しずつ情動を帯びたものになっていく。まるで酒に酔っているかのように、トーマの声に潤みと熱が増していった。
 主人への不埒な告白は、それだけでは終わらなかった。

「頭の中で、若のこと、いっぱい泣かせて、めちゃくちゃにして、しゃぶらせたり、やらしい言葉、いっぱい言わせてたんです」
「──」
「若の口の中、どんな味がするんだろうとか、イったらどんな顔するのかなとか、恥ずかしい恰好させて、よがらせてやりたいとか」
「とーま、」
「潮吹きするまでイかせてやりたいとか、いっつもいっつもそういうことばかり考えてたんですよ。若は気づいてなかったでしょうけど」

 トーマの予想は当たっていた。彼の恋情について綾人は気づいていなかった。しかし、彼の変化自体には気がついていた。
 ある時期から、トーマの視線がやけにくすぐったいとは思っていたのだ。けれどまさか、そういうことを考えているとは思ってもおらず、悩みでも抱えているのかと勘違いしていた。
 トーマが望むことなら出来るだけ叶えてやりたい。その一心で事実を聞き出そうとした綾人だったが、実際に打ち明けられたのは自身への恋心だった。
 戸惑いはしたが、綾人はそれを受け入れた。恋というものに正直実感はなかったが、自分がトーマに家族と同等の好意を向けているのは事実だ。おそらく、自分が持っている感情はトーマが持つもの同じようなものだろうと、軽い気持ちで恋仲になることを了承した。そして、今に至るのだ。

「だいすきですよ、若」
「トーマ、私も……」

 綾人が上半身をよじって背後のトーマを振り返る。キスをねだると、トーマはとろりと蕩けるような微笑を浮かべて、綾人に唇を重ねた。舌が絡み合い、互いの唾液を交換する。唇の隙間から溢れ出た分が、顎を伝い甘い蜜となって畳にこぼれ落ちていった。
 好きだという綾人の言葉に嘘はなかった。しかし、こうして体を求められるたびに小さな戸惑いが胸に浮かぶ。そもそもとして綾人はトーマを家族として愛している。トーマが綾人に向けるような、性欲の混じった恋情ではない。こうして求められれば断りはしないものの、このすれ違いにトーマは気がついているのだろうか。綾人の胸に、後ろ暗いものが立ち込める。
 けれどここ最近、綾人の方も、昼間にトーマと触れ合うたびに、心が妙にざわくつようになっていた。書類の受け渡しだとか、上着を肩にかけるだとか、そういった事務的な接触でたまたま指が触れ合うだけだというのに。夜に体を重ね合った時のような、甘やかな痺れが綾人の身を貫くのだ。
 唇が離れる。透明な糸が二人の間を繋いだ。その糸を切ることさえしないまま、至近距離で見つめ合う。
 萌葱色をしたトーマの瞳の中で、明らかな劣情の火が灯っているのが分かる。それをぼんやりと眺めながら、いま自分はどんな顔をしているのだろう、と綾人は思った。少なくとも、トーマにこんな目をさせるくらい、淫らな顔をしているのだろうか、と。

「若、すき、すきです……」

 トーマが鼻先を、綾人のうなじに擦り付ける。そのままくんくんと匂いを嗅いでいる。きっと汗の匂いがするのだろう。まだ昂りを咥え込んだままの後ろが、ずくりと疼くのを綾人は感じた。
 抽挿がゆるやかに再開される。限界まで膨らみ切ったそれが、中の肉を広げては凹凸をあちこちに引っ掛けていく。その度に、甘い痺れに貫かれて綾人は背をのけぞらせた。

「ふっ♡、んん、んふぅ……♡」
「わか、いっぱい気持ちよくなりましょうね」
「は♡、ふうぅっ♡、んんっ♡ふっ♡♡」
「だいすきです、かわいいです」

 打ちつける動きが激しさを増す。ぐぷ、ぶぷ、と音を立ててトーマのモノが出し入れされる。綾人の中がぐずぐずにとけていく。

「お゛っ♡♡あ゛っっ♡♡とーまっっっ♡♡激し……っ!!!」

 ただ激しいだけのピストンのように見えて、先端が綾人の弱いところを抉るようにされている。綾人が快感に耐えようと体をこわばらせると、今度は気持ちいいところに先端を留めて、ずっ、ずっ、と擦り続けていく。

「あ゛っ♡♡ひいっ♡♡い゛い゛っ♡♡」
「ほら、ちから抜いて……」
「っひ、あ゛っっ!!!はあああっっ♡♡♡!!!」

 トーマの言う通りにした途端、ごぷっ、と勢いよく貫かれた。綾人が舌を突き出して喘ぐ。じん、と頭が痺れるような電流が走って、後ろから与えられる快感だけが鮮明に感じられる。前側から吐き出される精に気づいたのは、トーマに指摘されてだった。

「あれ、もしかしてイってます?」
「ぁ……ひ……♡」

 水っぽい精液が先端から出ている。前戯の段階で既に一度絶頂していたので、そのせいだろう。綾人は前側と後ろ側とで、種類の違う快感に挟まれて恍惚としていた。

「じゃあオレも、イかせてもらいますね」
「へ、あっ、とーま、まっ──!!!」

 静止の言葉を待たず、腰を強く引き寄せられた。手の跡が付きそうなほど強く掴まれて、固定された穴の中に、ギリギリまで抜いたモノをずぷっ──と一息にねじ込んだ。

「〜〜〜〜〜〜っっ♡♡♡っぅっっっ♡♡♡♡」

 絶頂を迎えたばかりの敏感な体には、あまりに強すぎる快感だった。力の抜けた四肢の隅々にまで、甘やかな電流が行き渡ってはまともな思考回路を奪っていく。
 ずるりと崩れかけた綾人の体を、腰だけはちゃんと固定したまま、トーマは激しく打ち付けていく。

「う゛♡ ほぉお゛っ♡♡ま゛っ、こわれっっ♡♡♡」

 綾人の静止も虚しく、ラストスパートとばかりにピストンが繰り返される。心の準備もできないまま、無理やり絶頂へ押し上げられる感覚に、綾人は本能的な恐怖を感じた。
 しかしそんな彼の気持ちとは裏腹に、彼の肉はトーマの昂りへ貪欲にむしゃぶりついている。熱く濡れた肉で陰茎を締め付け、これでもかと上下に扱いていく。そこにピストンも加わって、これ以上ないほどに吐精を導いていった。
 絶頂から逃れようと、力の入らない体で綾人がもがく。イきたくない。怖い。そう思うほどに、トーマの手で逃げられないよう押さえつけられている事実を突きつけられる。
 逃げたい。逃げられない。イってしまう。その焦燥感が、何故か綾人の中に被虐的な快感を生む。追い詰められていくほどに、与えられる快感が強さを増していくのだ。
 ずりゅ、とトーマのものが引き抜かれる。散々拡張された綾人の孔に、空気が触れて火照った粘膜を冷ます。その冷たさに一瞬我に返った綾人の中を、内臓さえ押し上げるような抽挿が襲った。

「ぁ、あ゛〜〜〜〜〜〜〜っっ…………♡♡♡♡♡」

 真っ白になった頭に、鮮明な快感の渦が叩きつけられる。
 限界まで膨らみ切ったそれが中をぴったりと満たし、温かいものが注がれていくのがはっきりと分かった。
 机の上に崩れ落ちる綾人に、トーマは腰を引き寄せたまま繋がった部分を隙間なく密着させる。何度か腰を緩やかに動かし、最後の一滴まで注ぎ切った。
 息を整えたトーマは、未だぐったりと横たわっている綾人を抱き起こし、耳元でこう囁いた。

「若、今度は向かい合ってやりましょうか」

 力の入らない主人の体を抱き起こし、固く反り返ったままの自身を白い腹に擦り付ける。潤んだ目で綾人がこちらを見上げたのを見て、了承の証だと解釈し、蕩けきった後孔へひたりと先端を押し当てたのだった。