「うごくメモ帳」「うごメモシアター」の思い出

このあいだ、15年前に「うごくメモ帳」で描いたイラストを発掘した。

うごくメモ帳」をみなさんは知っているだろうか。
それはニンテンドーDSiに搭載されていたアニメーションソフトのことである。

当時、PSPやWiiのような数多くのゲーム機器が売り出されていた中で、たった一種類のハードにしか搭載されていなかったソフト……と言い切るには、これはあの頃の一部キッズにあまりにも大きな影響を与えていた
後にもっと詳しく書くが、まさしく「子供たちによる子供たちのためのインターネット」とも言うべき特殊なコミュニティが形成されていた場所でもある。
思い出語りとして、ここにうごくメモ帳、そしてうごメモシアターのことを記していきたい。

アニメーションソフトとしてのうごくメモ帳

うごくメモ帳について、公式サイトから引用すると以下のとおりである。

『うごくメモ帳』はDSi/DSi LLをメモ帳代わりに使えるソフト。タッチペンを使ってメモをサッとすばやく書いたり、以前に書いたメモをパッと見たりできます。
また、何枚も書いたメモを再生させることで、パラパラマンガのような「うごメモ」(動画)を作ることができます。

この説明のとおりであり、まさしく「デジタルで作れるパラパラ漫画」という感じだった。みんなが教科書の隅に描いていたものを、そのままDSiの画面上でできるようになった感じだ。

たとえば、丸が巨大化していくアニメーションを作りたい時……

こんな風にして、一枚目に小さな〇を描き、二枚目ではそれより大きい〇、三枚目ではさらに大きい〇を描いていく。
そして繋げて再生すると……

こんな感じで、簡単なアニメーションGIFを作ることができるのだ。
慣れてくると、爆風やレーザーの飛び交うバトルアニメを作ることだって可能になる。自らの手でアニメーションを作れるというのは、子供にとってなかなかに楽しいものだった。

お絵描きソフトとしてのうごくメモ帳

そして、お絵描きソフトとしてもうごくメモ帳は優秀だった。
たとえば、当時の自分が描いていたイラストはこんな風である↓

アイビスペイントのような、無料の多機能お絵描きアプリがある現代人からすると、ややちゃちく見えるかもしれない(私の画力の拙さのせいもあるだろう)
しかし当時のキッズからすると、デジタル絵が描けるというだけでも画期的なソフトだった。たった二枚とはいえレイヤー機能が使えたし、コピー&貼りつけも、アンドゥも当時の子供には本来手の届かない機能だった。小学生でもスマホを持つ今と違い、当時子供が手に入れられる電子機器といえばゲーム機くらいだった。デジタルイラストの主流は高いPCだった。そんな中で、デジタルイラストの入り口としてうごくメモ帳は子供たちの前に舞い降りてくれた。

ただ、実際にお絵描きアプリとして使おうとすると、物足りなさがあるのは事実だった。
一番は色数制限である。

画像出典:うごくメモ帳 | メモ機能紹介 | https://www.nintendo.co.jp/ds/dsiware/kguj/function/index.html


うごメモは1ページにつき3色しか使えない。用紙の色(白or黒)以外には2色しか使うことができず、その2色も黒・赤・青の中から選ぶしかなかった。
一番ベーシックな組み合わせは白用紙・黒・赤だった。肌の血色を表現するのに赤が便利だったからだ。青色で肌の影や濃淡を表現しようとすると、どうしても顔色が悪く見えてしまう。青色を使うのは海や空・青髪キャラを描くときだけ、という人がほとんどだった。
ちなみに、白用紙に青と赤を併用すれば、青髪キャラでも肌の血色を表現できるのではないか、と思われそうだが、青と赤が同じ画面内にあると鮮やかすぎて目がチカチカしてくるのだ。こういう理由もあって、やはり白・黒・赤が鉄板の組み合わせだった。

そんな制限がありつつも描くのは楽しかった。むしろ機能が少ないからこそ学べたこともたくさんあるかもしれない。
たとえば、影を描写するとき細かいトーンを使うよりも黒ベタで塗る方がすっきりして見えるとか、そういう小さな気づきを子供に教えてくれたのが、うごメモだった。

イラストアニメーションソフトとしてのうごくメモ帳

アニメーションツールとしての面と、デジタルイラストツールとしての面。片方だけでも子供が使うものにしてはなかなかの性能だったのだが、その二つの面を複合して一つの作品に作り上げるのが、後述する「うごメモシアター」内で人気の投稿だった。私のいた東方ジャンルではタイムラプスのように1枚絵を魅せていくものと、何十枚もの絵を描いて繋げるアニメーションPVが人気だった。
タイムラプス的な動画とは、こういうのである↓

画面を録画して作ったタイムラプスのように見えるかもしれないが、実はこれもパラパラ漫画的に作ったものである。
どういうことかというと、ここにアナログのパラパラ漫画とうごメモの一番の違いが表れていて、パラパラ漫画は新しいページに移行した時、まっさらな紙に一から絵を描かなくてはならないが、うごメモは新しい次ページを作ると、自動的に前ページの絵がそのまま複写(コピペ)されるのだ。
なので、絵を描いている途中でいったん手を止めて次ページを作り、そこで線を少し書き足して、また次ページを作る。これを繰り返していくことで、実際に描いている動画を撮っているかのように表現できるのだ。もちろん、次ページに移行するのをすっかり忘れて、一瞬で下書きからほぼ完成図に変化する動画になってしまうことも多々ある。ただ、それもまた「味」があって楽しめたのが当時だった。

もう一つ主流だったのがアニメーションPVだ。
これも例を出せたらよかったのだが、自作のものはメモリから削除されていた(おそらく容量削減のため)
他の方の作品を引用しようかと思ったのだが、権利的に色々ダメそうな気がしたので、やめておく。気になった方はYouTubeで検索してみて欲しい。DSi時代のではなく、後継のうごメモ3Dの動画ばかり出て来るとは思うが、だいたいの雰囲気は掴めると思う。小~中学生が一人で作ったとは思えないほどにクオリティの高いアニメーションPVばかりで、当時の自分はそれらを眺めているだけで楽しかった。
容量の関係でどの動画も40秒ほどしかないものばかりだったが、それがまた現代のショート動画みたいで手軽に楽しめたのだ。

2010年台のインターネット

ここで少しだけ、当時のインターネット環境についても触れておきたい。
うごメモが流行していた2010年前後というのは、今とはだいぶ事情が違っていた。

まだスマホは一般的ではなく、子供が自由にインターネットにアクセスできる環境は限られていた。
YouTubeやニコニコ動画といった動画サイトも存在はしていたが、それらを見るにはPCが必要だったし、家庭によっては子供が自由に使えるものではなかった。
その点、DSiはゲーム機だった。ゲームをするための機械として家にあり、親もそこまで警戒しない。Wi-Fiに接続さえできれば、そのままインターネットに繋がる。

そして、「うごメモシアター」はそのDSiから直接アクセスできる場所だった。
今の感覚で言えば、小学生が自分専用のスマホを持っていて、その中に動画サイトと投稿サイトが一体化したアプリが最初から入っているようなものだろうか。
しかもそこには、同じような子供たちがたくさん集まっている。

そう考えると、これから解説するうごメモシアターが当時のキッズにとってどれほど特別な場所だったのか、少し想像しやすくなるかもしれない。

うごメモシアター

画像出典:うごくメモ帳 | うごメモシアター | https://www.nintendo.co.jp/ds/dsiware/kguj/theater/index.html

「うごメモシアター」について、公式サイトからの引用によると

メモ作品公開掲示板サイトです。
ニンテンドーDSi/DSi LLをインターネットに接続すれば、うごくメモ帳で作った自分の「うごメモ」をいろいろな人達に公開したり、公開されている他の人の「うごメモ」を見たりすることができます。

つまりはYouTubeやpixivのうごメモ版である。一番の違いは「うごメモ」で作ったものしか投稿できないということ。他のツールで描いたイラストや写真を載せることはできない。
Wi-Fi環境さえあればDSi本体からアクセスすることができるため、当時PCを持っていないキッズでも見れる唯一のネット世界だった。
うごメモシアター自体は、既にサービス終了してしまった。なのでDSi本体からはもうアクセスすることができないのだが、なんと有志の手によってアーカイブサイトが公開されていた。

トップページにピックアップされた作品一覧を見ればなんとなく雰囲気が掴めるかもしれない。うごメモシアターの人気ジャンルと言えば、棒人間バトル・マリオやピカチュウを使った大喜利ギャグ・アニメーションPVが主だった。小学生が好きそうな要素が詰まっていることが分かるだろう。特に前者二つは基礎画力が無くても人気投稿者になれるポテンシャルのあるジャンルだった。
任天堂キャラの大喜利動画は、マリオやピカチュウの立ち絵を「素材」として配布してくれている人がいたりと、今のゆっくり解説動画でよくあるような「立ち絵素材配布」の文化まで確立していた。

子供だけのインターネット空間

このうごメモシアター、YouTubeやニコニコ動画とはまた違った空気感と発展をしていたと思っていて、その理由は「小~中学生だけでほぼ構成されていた」からである。
ネットというのはいろんな属性の人が入り乱れているのが面白さの一つであり、年齢の多種多様さもその一つであるのだが、うごメモシアターに限っては年齢の幅はかなり狭かった。一番多い層が小学生・次点で中学生であり、この辺りがメイン層だった。高校生ともなるとグッと数が減り、大学生~社会人は全体の1%もいなかったんじゃないだろうか。

ほぼ同世代しかいない環境というのは、子供にとって教室にいるような居心地の良さがあった。そもそもうごメモ自体、子供同志の口コミで広まっていったものなので、最初は友達とネット上で交換日記をしていくような感覚で、作品を投稿していく人が多かったと思う。
友達同士でコメントやスター(いいね)を送り合っていたら、ある日知らない人からコメントをもらって歓喜したり、いつもより多めにスターをもらって嬉しくなったり……。そういう世界が広くなってくような感覚を、うごメモシアターは与えてくれた。

ほぼ同世代しかいない、というのは作品にも表れていて、例えば画力の質は一部を除けばそこまで上下の差はなかったと思う。少なくとも今のSNSのような、10万いいねをもらっているような神絵師がすぐ目に飛び込んでくるような環境ではなかった。「これなら自分でも描けるかもしれない」と思って勢いで作品を投稿できるような小さなコミュニティ、それがうごメモシアターだった。

ちなみに、低年齢層がメインではあったが、意外にも炎上や荒らしは少なかったと思う。
それは創作ツール(うごくメモ帳)と視聴・投稿ツール(うごメモシアター)が直結していたおかげかもしれない。一度は誰しも「作ってみる側」になることができるし、それで挫折していれば、目に飛び込んでくる作品の数々を「たくさんの時間やスキルを積み重ねて作った作品なんだろうなあ」とリスペクトを持って見ることができる。

あとは、同年代ばかりなのも、治安の良さの理由だろうか。投稿者のコメントや画風を見ていると、自分と同じくらいの歳なんだろうな、となんとなく察することができる。自分と同じく、どこかの学校に通い、授業を受けて、友達と遊んだり部活をしたり……そういう生活を送っている子なんだろう。そうやって、画面の向こうに居るのは自分と同じような子供なのだと理解しておくことが、加害行為への欲求を消してくれてたんじゃないだろうか。

そもそも何故子供がメイン層だったのか

ここまで読んできて、そんなにも独自の発展をしたうごメモシアターが何故、低年齢層がメインのままだったのか、と疑問に思うかもしれない。ネット上である程度賑わっているコミュニティは、成人層のボリュームが厚くなっていくはずだ。
これは「うごメモはDSiソフトという制約上、創作ツールとしては下位互換に収まっていたから」が理由である。

上で挙げたように、うごメモは制約がとても多い。3色しか使えない色数制限・60秒以下の動画しか作れない容量制限・ゲームのプレイ動画をキャプチャして作品内に使ったりもできない。うごメモ民はこの制約内で工夫を凝らし高クオリティな作品を出し続けてきたが、それでも作れそうにない動画ジャンルがあるというだけでも、動画作成ソフトとしては下位に位置していた。例えばゲーム実況動画は作れそうにないし、解説動画もこの尺感では無理そうだ。

そして、子供は成長するにつれて、PCを買い与えてもらったり、親のおさがりを貰えることが多い。そうでなくとも、うごメモが出てから10年以内にはスマホが台頭してきていた。とどのつまり、自分でネットに接続できる環境が揃い、動画を視聴したいならニコニコ動画やYouTubeへ、創作をしたいならSAIやクリスタといった、うごメモの上位互換へと上の年代層は移行してしまうのだ。高校の入学祝いにPCを買ってもらい、デジタルイラスト環境の揃った人がうごメモに戻ってこなくなるというのが、一番よくある例だろう。

こんな風にして、一定の年齢になれば自然と離れていく流れができていたので、うごメモは子供だけのインターネットという特異性が保たれていたのだろう。

「子供だけのインターネット」を見守ってくれていた大人

子供だけの、というフレーズを何度も出してきたが、実際にはすぐ近くで見守ってくれていた大人たちの存在を忘れてはならない。うごメモの運営陣だ。

元から子供向けサービスとしてうごメモは開発されていたと思うのだが、子供ばかり集まったコミュニティなんて大人からするとヒヤヒヤするだろう。子供特有の無鉄砲さと好奇心が合わさって、何が起きるかも想像つかない。そこに悪意を持った大人が潜り込んだら……なんて考えるだけで冷や汗ものだ。私の観測範囲にはたまたま居なかった(か、運営が対処した)だけで、学校名や本名を晒していた子もいっぱい居ただろう。

加速する低年齢層化に、利用者の身の安全のためにと元からあった機能のいくつかをロックしたりしても良かっただろうに、自分の記憶によればうごメモがそういったシステムの制限や改悪をしていた覚えはない。

あと、利用者数が増えたとしても、それを利用した収益システムを作ったりしなかったのもすごい。自分の覚えている範囲では、一部特殊なスター(いいね)の在庫を買うのに課金しなくてはならなかったくらいで、その特殊スターを貰った側・つけた側に特別うごメモ内で有利になる機能があったわけではない。広告バナーも特になかった気がするので、どうやって運営資金を調達していたのか今でも謎である。

子供たちが自分の手で作り上げた理想郷、みたいに長々と語ってしまったが、おそらく我々からは視認できないほどの透明さで大人(運営)たちが手を貸してくれていたに違いない。私はうごメモシアターのことを「あんなにも子供だけが集まってのびのびやれていた創作場所は、後にも先にもあそこしかない」と確信しているのだが、当時の子供がそう感じられるほどの場所を、守り抜いてくれた運営陣には感謝しきれてもしきれないと思っている。

「あの頃のインターネット」になっていくうごくメモ帳

ここで冒頭に載せた15年前のイラストに戻るのだが、絵の出来がどうとか恥ずかしいとか以前に、「懐かしい」と思えたり、こうして思い出を振り返りたい、と思えるくらい愛おしい場所として自分の中で記憶されていたことに気づいた。
普通、10年以上前の自分を顧みると、未熟さとかこっぱずかしさが先に来そうなものだが、こう思えるような居場所があったというのは、本当に幸せなことだと思う。

最近では、昔からのネット利用者層が中年に差し掛かっているせいか、「古のインターネット」を懐古する声をよく聞く。ぱっと思いつくだけでも

・お絵描きBBS
・個人サイト
・mixi
・2ch
・おもしろflash倉庫

がそれに含まれるだろう。これらを主題としたブログや長文が私は好きなのだが、ただ懐かしいから好きなのではなく、それを書いている人たちの中で「愛おしい記憶」として残っているのが伝わってくるから好きなのだ。そしてうごくメモ帳・うごメモシアターも、私にとっては愛おしく、誰かに共有したい記憶である。
うごくメモ帳のサービス開始から、もうすぐ20年が経とうとしている。そろそろあの頃のうごメモ民が、「あの頃のインターネット」として懐古記事を書いてくれるようになるんじゃないか、とひそかにワクワクしながら待っています。

ところで、こんなにも素晴らしいサービスを運営してくれていたのは一体どこの企業なのかと言うと……

うごメモシアターとは? 「株式会社はてな」が運営するメモ作品公開掲示板サイトです。

「株式会社はてな」が運営する

か、株式会社はてなさん!?!?!?!?!?
私の人生は株式会社はてなに収束していくのかもしれない……(はてなブログで記事を書きながら)

おわり