東方projectに霧雨魔理沙というキャラクターがいる。霊夢と並ぶ主人公格なので、東方を知らずともその姿や名前だけなら何となく見覚えのある人は多いだろう。ゆっくり魔理沙なら解説動画や実況動画で知っている、そんな人もいるかもしれない。それほどまでに、彼女の姿はインターネット民の中で知名度が高い。
しかしながら、そんな魔理沙の性格解釈というか、二次創作界隈の中での扱われ方は奇妙な変遷を辿ってきていた。
ヒーローとしての彼女
東方黎明期の魔理沙は、端的に言ってしまえば百合カップリングにおける攻め役・男役として機能していた。
皆さんも知っての通り、魔理沙は「~だぜ」「~ぜ」と男っぽい語尾が特徴的である。ほとんどの東方キャラが「~だわ」「~わよ」といったステレオタイプな女口調の中で、魔理沙の口調はかなり目立っていた。
これだけでも男役を投影させるのに都合の良い存在すぎたのだが、これ以外にも魔理沙の盗み癖がそれを加速させた。
魔理沙は他人のものを盗んでは「(自分が)死ぬまで借りていくだけだぜ」と悪びれもせずに言う描写がある。数百~数千歳の寿命がある妖怪相手に「人間の私が盗んでいっても、お前らの寿命からしたらちょっと借りられたくらいの感覚だろ」という理論でバンバン盗んでいくのだ。あまりにも頻発するので「本業は魔法使いではなく盗人ではないか」と公式内外でよく言われている。
この盗み癖の一体どこに攻め役要素が? と思うかもしれないが、この強引さ・自分の理論を押し通す圧の強さは、見方を変えればヒロインを外の世界へと連れ出してくれるヒーロー的存在に見えてこないだろうか?
めちゃくちゃな理論に思えるだろうが、あの頃の魔理沙は実際にそういう役回りを二次創作で背負っていた。地下室に幽閉された少女を、図書館に閉じこもっている少女を、外の世界へと連れ出してくれるのだ。相手は必ずと言っていいほど内気なキャラだった。魔理沙は彼女らを救済してくれるヒーローだった。
2008年に投稿された、ビートまりお氏の「ラクト・ガール」という二次創作が、特にその世代の魔理沙を感じられる作品だろう。
冗談じゃない! この鍵を開けてくれ!
お前の手を強く握って 必ず連れ出してやる
当時流行っていたバンプの「ラフ・メイカー」をオマージュした二次創作である。
図書館に閉じこもっていた少女を、魔理沙が様々な困難を乗り越えながら連れ出してくれる、という物語だ。
オタクが「救いたい」と思った内気な少女たちを、魔理沙は助けてくれる。時に強引に、けれど確かに愛を伴って。その姿は、モニターの向こう側に居る我々オタクたちでさえ間接的に救済していた。
努力家としての彼女
しかし時が経つにつれて、魔理沙の印象が揺らぎ始める。
その原因は「東方三月精」や「東方儚月抄」といった、公式漫画作品だ。
原作ゲームは早くても年一でしか発表されず、それに対して月間or隔月で連載される漫画は比べ物にならないほど供給が多い。そして供給が多くなると、そのキャラがどういう反応をし、どんな行動を起こすのか……得られる情報が多くなる。同じ騒動に対面した時、霊夢と魔理沙でどう反応が違うのかが浮き彫りになるのだ。
ここで、オタクたちはあることに気がつく。
あれ、魔理沙って常識人枠じゃないか……?
霊夢ならその場の直感や天賦の才で切り抜けられる出来事を、魔理沙は地道に情報収集をして、準備をしてからようやく解決できる、という場面が多かった。あと、あいつの手を借りずに自分の手で解決してやる! と霊夢に対抗意識を燃やしているシーンもあった。
物事には地道に取り組もうとし、他者へのコンプレックスを時々覗かせ、他キャラの言動に呆れたり驚いてみせたりする。それはひとつひとつを見れば、親近感を抱かせる要素だっただろう。ただ、少女を救済するヒーローとして見ればどうだろうか? そう、感性が我々読者と同じすぎたのだ。
「努力家で、根は真面目で、霊夢のような天才肌へひそかにコンプレックスを抱いている」
平成後期からの魔理沙のイメージは、上記で固まりつつあった。特に、霊夢への劣等感は多くの二次創作で強調されていた。
創作界での流行も影響していたのかもしれない。あの頃は、暗い作品が好まれていた。自分の内面を深く掘り下げていく、自身のトラウマや欠落と向き合う、自分の存在意義を問う……そんな作品が多かった。その流行が魔理沙と合致したのだろう。
この時代の魔理沙像が顕著に表れているのが、ジロー氏の描く「貴女のための激情」かもしれない。
あなたは立派よ魔理沙…? 常に自分を成長させてる…
けれど、だからこそ自分の限界が見え始めてるんじゃないかしら
あなたはどうして泣いてるの?
まるで、嘘がバレた子供みたいよ
伝説のように語り継がれている、かなり有名な同人再録漫画である。
私もこの作品が大好きだ。あまりに好きすぎて、無粋な言葉で語りたくないために内容の解説はここでは省かせてもらうが、とにかくこういった作品が世に出れば出るほど魔理沙への印象は先に語ったものへ固定化されていった。
昨今の彼女は
近年の二次創作で主流になりつつあるのは、
・強引に外へ連れ出してくれるヒーロー的行動力を持つ魔理沙
・コンプレックスを抱え、裏でひそかに努力し続ける魔理沙
その二つのハイブリッド、中間体の解釈が主流らしい。
これは昨今の時勢を考えると納得できる落としどころだ。近年はスマホの導入により、発信者の数がぐんと増えた。その分多種多様な解釈を目にする機会が増えるだろうし、SNSによって他人の内心を覗ける機会も多くなった。そのため、特定の性格に固定化されるのではなく、二面性のある解釈が流行るのは当然のような気がした。多様性さを重視する世間の流れも追い風になって、これからもより一層魔理沙は、多面的な性格解釈をされていくのだろう。
彼女は少女になってゆく
何となくだが、最近の魔理沙は上記の性格に付随して、等身大の少女らしさが補完されていってるな、と個人的には思っている。先ほど挙げたコンプレックス云々とはまた別で、初めて直面する物事に緊張したり、恋愛に奥手だったり……。
ここら辺は、東方の界隈層が若年化と老年化の二極化されていることも関係しているだろう。
東方はファンの低年齢層化が進み、世代交代が進んでいるジャンルとして有名である。以下の記事で取り上げられたアンケートでは、10~19歳がファンの半数以上を占めていた。特に驚いたのは10~14歳の層が25~29歳の層より多かったことである。
『東方Project人気投票』では20歳以下の投票が半分を占めていてどんどん低年齢化が進んでいた「これはすごい」「世代交代の成功例だ」
この低年齢化によって、東方専用のオフイベント「例大祭」では小学生女児グループの買い手をよく見かけたり、主催側もそれを受けてR18ブースを厳格に分けたりといった対処をしているほどだ。
反して、創作者側の世代は……娘や息子、場合によっては孫がいるレベルの世代がかなり多いと個人的に思っている。
この主張は先のような統計や数字があるわけではなく、私のフィーリングに寄りまくった印象なので申し訳ない。
けど、私が小学生の頃に二次創作をしていた方が今もまだ同じCPを書き続けていたり、サークル主さんが「今年は息子も同人誌を出します」と発言していたり……ファン層は低年齢化しつつも、創作者側は上の年代がかなりの割合を占めているはずだ。
東方黎明期の頃は、創作者側のメイン年代層は大学生だった。そこから20~30年……親世代になっていても何もおかしくはない。
つまり今の魔理沙は、
・同年代の女の子として彼女を見る層
・魔理沙を娘や孫と同じ年代の女の子として見る層
という、全く異なる二つの視点の交差点に彼女は立っているのだ。
昨今のSNS上を飛び交っている魔理沙は、そんな生々しくも愛おしい少女として存在している。
同じ主人公格の霊夢が、浮世離れした性格をしているせいか、余計に魔理沙側が親しみやすい要素を背負いつつあるのだろう。
東方黎明期、書き手も読み手も大学生がメイン層だった。その年代にとって、「少女」は身近には存在しない、幻想的な存在だった。
今はどうだろうか。実在する少女たちと、少女を養育する側の目を通して、彼女が再構築されつつある。
時が進むにつれて、魔理沙への印象はどう変化していくのだろうか? ここから数年経って、かつては少女だった者の視点がそこに混じるのかもしれないし、孫の成長を見守る側からの、慈しみを含んだまなざしが新たに加わるかもしれない。私はその変化がほんの少しだけ楽しみだ。
魔理沙は少女になってゆく。多面的な宝石のように、時代と視線を反射しながら、さまざまな「少女」の像を割り当てられて。