サーバーのサービス終了、またはSNSアカウントの削除や非公開化によってインターネットで観測できなくなった出来事はたくさんある。自分の中では「ロングスカートタグ妖怪」がそうだったので、ここで書き記していきたい。
SNSに作品を公開するとき、ほとんどの人は「タグ」をつけることになるだろう。それは作品を見つけたい人のためであったり、逆に一部属性を弾くために付与されている。前者であれば「東方project」や「刀剣乱舞」のようなジャンル名やカップリング名などである。後者の場合は、R18などの年齢制限タグが多い。どちらにせよタグ一覧を見れば、「こういう意図をもってつけられたんだな」ということがうっすら分かる(ほとんどの場合、そこまで考えてタグ一覧を見る人は居ないが……)
しかしながら、その意図が全く伝わらないタグが一時期東方界隈でつけられていた。それが「ロングスカート」タグである。
ロングスカートタグと聞いて、どのようなイラストを想像するだろうか? 長いスカートが風になびいている幻想的な光景か、原っぱに座った女の子のスカートが花びらのように広がっていたり、クラシカルメイドがスカートの端をちょっとつまんでお辞儀している光景かもしれない。
私もそういうイラストは好きだし、こういう絵を前にして「ロングスカート、いいよね……」「いい……」と言葉を交わしたくなる。が、これから解説していくロングスカートタグの問題点は、「特別ロングスカートにフィーチャーされていない作品にさえ無差別につけられている」ことにある。
ロングスカートタグ妖怪の登場
10年以上前、pixivの東方イラストへ次々に「ロングスカート」タグがつけられていった。pixivは投稿者以外もタグを編集することができる。
東方キャラはロングスカートの子が多く、よっぽどのロングスカートフェチがこのタグをつけていったんだろうなあ……と当初は思われていた。しかし不審がられるようになったのは、そのタグの数が多すぎた・範囲が無差別すぎたからである。
たとえば、普通の立ち絵。ただキャラがまっすぐ立っているだけである。スカートが風になびいてるとか、めくれあがっているわけでもない。これにロングスカートタグをつけるか?と言われると、人キャラのイラストに「人間」タグをつけるような、「さすがにそこまで細分化しなくても……」感がなくはない。ただ、ロングスカートを身に着けていることは確かなので、言うほど不審には思われなかった。
次に、キャラの腰から上を描いたイラスト。当然ながらロングスカートは映っていない。それでもロングスカートタグはつけられていた。まあ……構図によっては画面端にひらめいたスカートの端っぽいのがなくもない……。
その次は、キャラの胸から上だけを描いた集合絵。勿論ロングスカートは一ミリも映っていない。ウウーンこれは……という感じがするが、画面内に描かれてはいなくてもそのキャラ自体は原作でロングスカートを履いているので、ロングスカートを履いたキャラそのものが好きな人がつけたんかな……とも思える。
最後に、ほぼ顔だけを描いた絵。当然スカートの端さえ映っていない。しかもその中のとある絵が私の目を引いた。そのイラスト中のキャラは「射命丸文」といって、東方では珍しく原作でミニスカート衣装しかないキャラである。霊夢や魔理沙などは、作品によっては膝丈になったり足首丈になったりするので、画面内に描かれない限り「ロングスカートか否か」の判断ができない。しかしこのキャラはどの媒体でもミニスカート姿しか描かれていないので、そういう詭弁さえ使えない。いや、ロングスカート関係ないやんけ!というツッコミがこの時ばかりはさすがに入った。
ここまで来るとロングスカートタグの謎が一部界隈に共有される。pixivのロングスカートタグで検索すると、20ページ近くが東方イラストで埋め尽くされた時もあった。一応ながらpixivは色んな人が利用するSNSであり、特定ジャンルの絵のみでタグが埋まってしまうのは占有に当たるのではないか……とマナー面で不安視する人も出てきた。それにここまで無差別にタグをつけるなら、ブックマーク機能なりを使った方がその人にとって簡便なのではないか……という意見も出てきた(ロングスカートタグが単独犯によるものだと仮定して)
彼(彼女)の目的は一体何であるのか、誰も理解できないまま、いつしか彼は「ロングスカートタグ妖怪」と一部の間で呼ばれるようになった。
ロングスカートタグ妖怪、愛される
ひとつ断っておきたいのは、ここでいう「妖怪」とは、化け物や怪物のようなマイナスな意味合いでつけられたものではないということだ。東方キャラの9割以上は妖怪というカテゴリに当てはまる(細分化すれば神・亡霊・吸血鬼などにも分けられるが、作中でもそれらを総括して妖怪呼びされている)なので妖怪はファン側にとって身近な単語だった。
なにより、ロングスカートタグ妖怪は無害だった。彼に攻撃的なメッセージを送られたという投稿者は見たことがない。単にロングスカートタグをつけていくだけなのだ。ただ、その範囲が広すぎて意図が謎なだけで……。彼は明確にこちら(投稿者)を認識している。そしてこちら側も彼の存在を認識している。彼の姿形も内面も分からないが、無害なことは分かっているので私たちは彼との共存を選んだ。こんな風にして、彼は東方における「妖怪」にかなり近い存在をしていた。
しばらくすると、「ロングスカートタグゲーム(タイトルの記憶が曖昧なため仮称)」なるものがファンコミュニティでお出しされた。ルールはいたってシンプルで、pixiv内の東方のイラストが引用されるので、それが「ロングスカートタグがつけられているか否か」で〇か×を選んでいく。いくつか答え終わると、正答率が発表されるというものだ。
私も当時やってみたのだがなかなかに難しかった。例えば、画面の半分以上を広がったロングスカートが埋め尽くしているというイラストでもロングスカートタグはつけられておらず、不正解ということもあった。ロンスカ妖怪の判断基準の謎がより一層深まったゲームだった。
当時、スマホが今ほど普及しておらずTwitterはオタクの巣窟という感じだったので、このゲームはちょこっとだけ流行った。正答率をツイートで共有できるため。65%とか40%とか書かれた結果を誰かが共有し、それに興味を持った人たちがゲームをやってみる、という風に波及していった。
ゲーム内でムムッ!と来るイラストがあれば、クリックするとpixivの当イラストページにジャンプしていいねやブックマークを手軽にできるようにも設計されていた。これによってイラスト界隈自体もちょっとだけ盛り上がった。今思うとアウトな部分も多そうなゲームだったが、インターネットの内輪感が今より濃く残っていたからこそできたのかもしれない。
ロングスカートタグ妖怪、考察される
さて、これまでロングスカートタグ妖怪のことを「ロングスカートフェチを持つ無害な存在」として扱ってきたが、彼の意図がそれ以外の、もっと明確な、打算的なものであったとしたら……?
ここに着目して考察記事を載せていた人がいる。そこはYahoo!ジオティーズを利用していた個人ブログだったので、既にサービス終了して記事自体は消えてしまった。彼の考察によるとロンスカ妖怪氏は「pixivのイラストIDを利用して、何かしらの機密情報を共有しているのではないか」というものだった。pixivに投稿されたイラストにはURL用に不規則な数字の羅列IDが振り分けられる。一部国家ではやり取りされたデータの中身を国に検閲されてしまうのだが、単なるタグ付けされたイラスト一覧に見せかけて、それらのイラスト群のIDをつなぎ合わせれば何らかの意味合いのある情報になるのではないか……というものだ。
この考察にはかなりの問題点がある。一番は「無関係の他者もロングスカートタグを付与できる」ということだ。何かしらの意味のある情報一覧として利用したい場合、誰かが一つでもロンスカタグを新たにつけたら、予期せぬイラストが足されたことで伝えたい情報文字列がめちゃくちゃになる。それなら自分のブックマーク一覧を公開した方が正確性がありそうだ。
結局その記事内ではこういう陰謀的な意図は含まれていなさそうだ、という結論に至った。まあ現実的にはそうだろうなと納得できるのだが、一種のロマンも感じられる。たとえばマインクラフトを、暗号化された秘匿情報ストレージ代わりに使おうとする人もいるのだから、世の中どんな意図が含まれていてもおかしくはない。世界は広く、夢はそれ以上に広い。
ロングスカートタグ妖怪の今
この記事を書くにあたって、pixivで「ロングスカート」タグを最新順で検索してみた。ここで語ったような東方ばかりという風ではなく、別のジャンル絵やAIイラストもかなり含まれていた。また昨今は、検索数の多い凡庸的なタグを自動で付与してくれるスクリプト(?)もあり、それらはAIイラストの投稿と併用して使われているらしい。こんな有様なので、今ではロングスカートタグ妖怪というのが本当に実在していたのか、確かめるすべはないだろう。
一応ながら、ロングスカートタグで古い順から見ていくと、東方イラストの数が圧倒的に多いため、うっすらとそれらしき痕跡は感じ取れるかもしれない。ただ、前述した「首から上しか映っていないイラスト」などは作者がタグを外してしまうことも多く、やはり昔と全く同じ景色にはならないだろう。こんな風にして、都市伝説や伝記が人々の記憶から失われていくのかもしれない……そう思うと、ほんの少しの寂しさがあった。
ロングスカートタグ妖怪についての情報は、ほとんどがネットの海の底へと消えていった。語られていたのは主に個人ブログなため、サーバーのサービス終了が進んだ今、仕方のないことなのかもしれない。
【妖怪ロングスカートタグ】
pixivの東方の絵にロングスカートタグをつける妖怪。この妖怪のおかげで、東方の絵は特にロングスカートにフィーチャーした作品でなくとも、ロングスカートのタグがだいたいついている。
こちらは2015年に呟かれた、とある方のツイートである。友人でもない方のツイートを直接リンクするのは憚れたので、引用という形で共有させてもらう。私以外にもロンスカ妖怪の存在を認知していた方のツイートを発見できて安心した。もしこれがなければ、(あれは私の妄想上の存在だったのだろうか……)と困惑し、記事を書く気になっていなかっただろう。
ロングスカートタグ妖怪は、今どこで何をしているのだろう。もし元気に生きていて、今でも東方を追っているのであれば、酒でも飲みながら一緒に語り合ったりしてみたいものである。どちらも同じ時代に東方を追っていたもの同士なのだから、趣味嗜好がもし合わなくても、当時の空気を語るだけでもきっと盛り上がれると思うのだ。彼(彼女)が今も実在している証を、いつか感じ取ってみたいなと思った。
