「タークス~ザ・キッズ・アー・オールライト~」を読んだ

FF7の公式外伝小説、「ファイナルファンタジーⅦ外伝 タークス~ザ・キッズ・アー・オールライト~」を読んだので、感想を書いていく。

善意の繋がりを感じられた話だった。作中で人は死ぬし、一人の悪意が回りまわって不幸の連鎖を生み出しているしで、完全なハッピーエンドではないけれど、終盤の母親の手記にあった「この世界は善意で満ちています」という言葉を、小説の向こう側に居る私たちも実感できるような、そんな物語だった。

目次

主人公、エヴァン

一番特徴的なのが主人公のエヴァンだった。
母子家庭で育ち、母親の消息が掴めなくなってからはスラムで一人暮らしをしている、19歳の青年。
小心者なくせに自分を大きく見せたがりで、自己中心的なところがあり、コンプレックスの塊のような性格をしている。物語の半分以上は彼の一人称視点で進んでいくため、その虚栄心がにじみ出た文は時々気が滅入りそうになった。自分をよく見せたいがために小さな嘘を積み重ねて、それがトラブルの元になったりするので「本当にどうしようもないなこいつ……」と思いそうになった。

しかしながら彼がそういう思考回路になった要因は序盤で説明されるので「まあしょうがないよな……」という気持ちになるし、人によく見られたいという気持ち自体は誰にでもあることなので、いい塩梅のダメさ加減だったと思う。
そしてそんな性格をしているからこそ、色んな出来事を通して成長していく様子が感じられてよかった。時々はっとするような善良さ・青臭さを見せてくれるところは、やっぱり主人公だなぁと思わせてくれましたね。
最序盤で、母親と喧嘩別れした後の彼が、生まれて初めて仕事に従事するこのシーン↓

充実した日々だった。労働の喜びというやつだ。ガラリと風景を変えた日常を、おれは楽しんだ。もちろん、母のことを考えない日はなかった。それでも、四六時中、心を動かされる状態からは脱していた。(中略)母さん。お幸せに。おれはおれで楽しくやっている。トラックの運転手は、人使いは荒いが、おれを誰よりも必要としていることがわかった。そんな経験は初めてだった。重労働にもかかわらず、心臓にはまったく不安はなかった。そのことも、自信になった。どうだ、母さん。

ここ、めちゃくちゃ好きなんですよね。自分で得た金で生活していくことへの喜びとか、若さゆえの全能感とか、どこか青臭い爽やかさとか、ところどころに覗くコンプレックスとか、全部ひっくるめてエヴァンという青年のことを感じられて好きなんですよ。こういうシーンがたびたび挟まれるので、エヴァンへの愛着が積み重なっていくんですよね。そこが書き手の圧倒的な小説力(ぢから)を感じられてよかった。

あと、いいな~と思ったのがあくまで主人公たちは「非戦闘員」側の人間だということ。FF本編はRPGなのでやはり登場人物は戦闘ができる人ばかりで、ここぞというシーンでは戦いに勝って切り抜けていくものだけれど、エヴァンやキリエ(本作のヒロイン)は戦闘員と相対した時はどれだけあがいても失敗してばかりだった。なんというかそこがかなり新鮮で、クラウドたちを主人公にした本編では見れない物語なんだろうな、と思えて嬉しかった。

タークスについて

題名にタークスが含まれている通り、作中では彼らが第二の主人公的存在になっている。本編ではちょろっとしか出てこなかった敵役たちが、公式作品でここまでクローズアップしてもらえるって、こんなに嬉しいことはないですよ。あと個人的には、小説という媒体が本当に好きなので、文章で彼らを表現してもらえたことがとてもとても嬉しい。

小説の良いところって、はっきりと「言語化」されてるところだと思うんですよ。例えば本作ではレノのことを「不良がそのまま大人になったような容貌だった」と書いていて、でもこれが漫画やイラストだった場合、読み手全員が「不良がそのまま大人になったような容貌だな」と思うことって不可能じゃないですか。絵は情報量が多すぎる&抽象的すぎるから、読み手が完全一致した共通認識を持つことって絶対に無理で、自分はそういうキャラについてのありとあらゆることをはっきりと言葉にしてもらえる小説という媒体が好きなんですよ(話が脇道にそれてしまった……)

この小説で一番嬉しかったのは、タークスが「タークスであること」を楽しめていたことですかね。「やっぱり俺たちの仕事はこうじゃなくちゃ!」とスリルのある仕事をみんなで取り合っている姿にほのぼのしました。
「タークスは舐められたら終わり」と本編でよく言っているように、この仕事に誇りや美学を持っているんだろうな、とは思っていたものの、後ろ暗いこの仕事に対して内心どう向き合っているのか、正直プレイヤー側からは推し量れないところがあったんですよね。無印時代は「タークスの仕事は辛いこともある」とレノが言っていたせいか、二次創作では自分たちの仕事についてネガティブに捉えている姿をよく見かけた気がする(自分たちの存在について悲観的に思いを馳せたりね)

しかし本作では、暴力をふるう仕事に嬉々として取り組み、この居場所を心から愛している彼らの姿が見れてよかった。あのクールそうなツォンでさえ、ものすごく楽しそうに仕事に取り組んでるやん!とけっこう衝撃だった。
こういう組織の暗部を担っている敵キャラって、いい死に方をしないとか早死にしてしまうイメージがあるんですけど、彼らのエネルギーに満ち溢れた姿を見ていると、この先何十年も楽しく生きている姿を想像できてニコニコしてしまうわね。

で、テキストでたっぷりと彼らを摂取できたのが本当に嬉しかったので、以下にキャラごとの感想を書いていきます。小説本文の引用も添えているので、ムムッ!ときたらぜひ本作を読んでみてください。

レノ

「なあ、エヴァン」もうすぐ階段を上りきるという時にレノが言った。「お袋さんの、なんだ──ええと、遺体は確認したのか?」
「いや」

「だったら、死んだなんて言うなよ。てか、生きてるって、信じろ」
「三年だ。生きてたら、何か言ってくるよ」
「理屈じゃねえよ、エヴァン」

この小説に対する感想でよく見かけたのが「レノってこんなに情に厚かったんだ!?」というもので、自分も同じように驚いた。社長が喜んでくれるはず、と思って異母兄弟に会わせようとしたり、エヴァンの母親を探すために力を尽くそうとする姿は、なかなかに意外だった。
本編・BC時点で、周囲の人間の恋路を嗅ぎまわってひっかきまわすのが好き、というキャラ付けはされてたと思うが、本作を読むと恋愛というより人同士の絆に対して強い思い入れがあるのかもしれないと思った。その中でも特に、肉親とか家族というものに一種の幻想を見出してるのかもしれない。単に情に厚い、というだけでは済ませられないような確固たる意思を感じる。
他の人の感想でもあったが、タークスなんて仕事をしていれば、血の繋がりなんて何の保証も無いものだと嫌でも知らされそうなのに、不思議な価値観をしてるなと思った。

ノリが軽くて、仲間思いで、チンピラ風で──という、原作時点であった要素も、二次創作か!?というくらい強調されながら瑞々しく描写されていてびっくりした。本作で一番人間臭いのはエヴァンだけど、「人の子」らしさで言えばレノが上かもしれない。

反面、ナイフみたいに鋭いかっこよさをレノに求めていた人には物足りないのかもしれない。その成分はリメイクのレノでいっぱい摂取するしかないかも。リメイクのレノ、顔つきがめちゃくちゃ雄臭くなっててすごいですよね。あの鼻筋とか輪郭のエラが、他の男キャラより男性的にモデリングされてる気がするんだけど自分だけか?

ルード

「ああ、エヴァンが乗ってたな」レノは面白くなさそうに応える。「せっかく兄貴に合わせてやったのによ──社長も社長だぜ」
ルードは、もし自分がエヴァンの、あるいはルーファウス神羅の立場だったら、レノのお節介を迷惑に思ったことだろうと思っていた。
「どこかに顔も知らない兄弟がいるって聞いたら、おれは本気で探すぞ」
「さあな」
仲間がいればいい、とルードは思っていた。
「あんた、肉親の情ってもんがわかってないな」
「どうせおれは冷酷で薄情なタークスだ」
言い捨てると、ルードはレノに背を向け、トラックへと歩き出した。
「ルードぉ、怒ったのか?」
レノの情けない声が呼ぶ。
「おれにはあんたしかいないんだよ。主任とイリーナには連絡つかねえし、社長は慰霊碑を完成させろとしか言わねえ。三人で何か面白いことを始めたにちがいない。おれたち除け者じゃねえか。あんたとおれ、おれとあんた、仲良くしないでどうするよ」

ゲーム本編で相対する時より、ずいぶん違って見えるな~と思った。
ルードってゲーム内だと、寡黙だけど人間臭くて、コワモテなのに仲間思いで、堅物そうに見えて好きな女の子にはめっぽう弱くて──という、ギャップ萌えの塊のようなキャラでしたが、小説だとエヴァン側の視点が続くせいか、そのギャップ部分が見えてこなくて、ちょっと怖いんですよね。序盤でレノと共にエヴァンをしばきに来た時なんか、あの寡黙さもあいまって本当に怖かった。一般人から見たルードってやっぱ暴力の匂いをさせてるんだなと思えた。
中盤、車の中で居眠りするあたりで少しだけ親しみやすさが見えてきた気がする。ようやく俺たちの知ってるルードが帰って来た! と思えたのがキリエへのボディチェックを躊躇う部分。

こうして見ると、自分のルードの印象ってかなりの部分をティファが占めてるんだな、と思った。「ティファに惚れている男」という属性に「おいおいティファのことが好きなんか~? まあティファって優しいし美人だし気立てがいいしスタイルもいいしな~分かるよ~笑」っていう、男友達の恋愛模様を囃し立てる距離感で見てたからこその、愛着というか愛おしさを感じていたのかも。
だからといってルードの魅力が消えたというわけでもなく、今作では機械の修理に強い部分や、わざと隙を作って敵をおびき寄せようとしているところなど、初めて知る顔がたくさんあって良かった。しかし別の小説では、ルードのスキンヘッドは剃っているのではなく「自然の成り行き」でそうなったのだとか、怖そうな見た目をしているのは意図してだとか、もっと掘り下げられてるっぽくてもどかしい。そう遠くないうちにそっちの小説も読みたい。というか剃ってスキンヘッドにしてるわけじゃないの一番ビビったんですけど。それにしてはあのスーツの着こなしやらサングラスも合わせて、あまりにもマフィアの用心棒的な風貌が似合いすぎている……。

広場でよく見かける二人組の片割れ。ということは最初の低い声はサングラス&スキンヘッドの大男なのだろう。彼らはいつも一緒だ。まるでナイフとフォーク。

ここの描写めっちゃ好きなんですよね。今回レノは情の厚さをメインに書かれていたせいか相棒成分少な目なんですけど、その分をエヴァン視点のこの地の文で補ってくれた感じがある。本当にこの二人っていつも一緒なんやなって思えて微笑ましい……。

イリーナ

木の根が、張り巡らされた罠のように地面から突き出している。それを避けながらイリーナは猟犬気分で走った。この先にスロップの共犯者、もしかしたら主犯がいるのだと思うと心が躍る。タークスはこうでなくてはいけない。薬品開発は思い出深いプロジェクトではあるが、あれは特別な仕事だった。世のため人のためもいいが、本来、神羅カンパニーのタークスは社に尽くすもの。社を守るためなら、なんでもやる。

「まずいぞ、っと。今の話、誰かに聞かれた。逃げてく足音が聞こえた」
倉庫を出ていったはずのレノが、背後を気にしながら戻り、報告する。
「どうします、ツォンさん」
イリーナが興奮を隠さずに言った。
「イリーナ、探せ。一時間探して見つからなかったら戻ってこい」
「見つけたらどうします? やりますか?」
「連れて来い。話を聞いて判断する」
「はーい」
イリーナは不満げな返事を残し、駆けていった

印象がかなり変わりましたね。
個人的にはイリーナちゃんって、無印・リメイク・小説でそれぞれかなり性格が違って見える
無印時代は真面目ながらも空回りしてしてしまったり、レノやルードにちゃんと仕事してくださいって苦言を呈したりと、よくある「勝気で真面目な後輩キャラ」っぽさがあったのに、リメイク版だと生真面目なルードに対して「出た~! 仕事人間登場~!」と煽ったり、デコったピンクの銃を使ってたりと「生意気なJK」みたいな部分が前面に出てたな……と思った。
その反面、今作では無印時代の真面目な後輩キャラ属性にヤクザ属性が加わったというか……「舐められたら癪」だと常に思ってたり、嬉々として暴力をふるう姿はなかなかのものでしたわ。
本作序盤の「撃つぞ」「そこに座れ」「ここで待ってな」というザ・ヤクザな口調、多くの読者を「えっ、これがイリーナ?」と引き込ませただろうな~。
正直なところ、一番イリーナちゃんのキャラとしてしっくりくるのは小説版ですね。男所帯の中でやっていくにしても、タークスという組織の中で動いていくにしてもこれくらいの狂犬具合でないと! という納得感があった。

将来的に、ツォンに一番似た存在になれるのはイリーナなんじゃないかな、と今作を読んで初めて思った(リメイクでは全くそうは思えなかったのに)暴力への躊躇の無さや、ターゲットへ情を抱かない感じが(反してレノは、一度親しくなった相手に対して「撃てない」と言うなど情に厚い部分が強調されていましたね)
薬を奪った泥棒が、実は病気の子供のためだったと知った時、泥棒に制裁はきっちり加えるが子供には薬を置いていってあげたシーン、「情は持たないが良心は持ち続けている」感があって、成長して落ち着きを得ていくうちに、ツォンみたいに冷静に任務を遂行できる悪党になれるんじゃないだろうか……と期待できましたわね。ツォンと同じくらいの年齢になったときが楽しみだなと思う。

ツォン

「エヴァン、君は社長の弟だ。異母兄弟というやつだな」
おれを迎え入れた長髪の男が言った。この男もタークスなのだろう。いや、この男こそが、と言うべきかもしれない。レノが隠そうとしない、ルードが時折見せる人間くささが全く感じられなかった。当然、冗談を言うタイプにも見えない。とすれば、いま、この男が言ったことは事実?

ツォンは、おれたちと向かい合って後部座席に座っている。
「肩はどうだ? 医者は検査の準備を進めていたが──」
「全然。問題なし」

「薬は大量にある。いつでも言ってくれ。しかし──本当に痛まないのか?」
「みんなに訊かれるけど、本当だから仕方がない」

「すでに死んでいるのではないか?」
真っ直ぐにおれを見てツォンは言った。隣のキリエが全身を固くするのがわかった。
「どういう意味だろう」
「もちろん、冗談だ」
「趣味悪い」

印象が変わったとイリーナの項で散々語ったけど、今作で一番印象が変わったのは、ツォンさんだった。
ツォンさんについて、みんな(プレイヤー)はどんな印象を持っているんだろう。あの個性的なタークスのメンバーをまとめているということで、冷静で有能なビジネスマンでありながらも、部下たちと同じくらい人間臭い部分も持ち合わせているイメージがあった。エアリスの件があるせいなのか、どうしても人間的な部分を捨てきれない人、という印象がある。だからなのか、二次創作でも部下や社長の言動に振り回されてる姿をよく見かける。
……という感じなのだけれど、小説版はなんというか、底知れなさは社長以上なんじゃないか?と感じましたね。
そりゃジェノバたちに苦戦したり、若い女の子の行動に困惑したりという人の子っぽい部分は多少ありましたが、全編通して冷静に仕事にあたっていて、そのうえでニヤッとしながらルードや社長にお茶目な冗談を言ってみたりと、真面目一辺倒ではない、酸いも甘いも嚙み分けた感じが見受けられましたね。
おそらくこの辺りは、無印~小説版だと社長の年齢が21~20歳半ばで、ツォンさんが30~くらいという一回り年上という設定だからこその余裕、というのもあると思う(リメイク版では、社長とツォンは同い年になってるのでそちらだけ見ると社長に振り回されてそう感が強い)


そして暴力をふるうときの躊躇の無さはやはり主任と言うべきか、タークスで一番だなと思った。
というか他タークスメンバーって、暴力への躊躇は無いもののある種の「手段」として行使してるなと思ってて(たとえば相手を怖がらせよう・痛めつけようと意識してからことに及んでる)、多少なりとも精神の高揚や興奮を感じてそうなんですけど、ツォンに関してだけは、私たちがスーパーの棚から商品を取ろうとする時、わざわざ「腕を伸ばそう」と意識しないのと同じように、彼の中で暴力行為はそれ自体に心を動かされることのない、かなり無意識的な選択肢に含まれてるんだろうなと思った。

「口の端を歪ませる」「笑いを嚙み殺す」「笑いをこらえる」という描写が多かったのもグッド。リメイク版のムービーでツォンが唇をやや歪ませてるシーンが一瞬入るの、あれやっぱニヤッとしてたんでしょうね。微笑にさえなってない唇の動きなので、笑ってるのかずっと確信が持てなかったんですけど、やっぱ公式的にツォンさんが笑いを噛み殺してる時の仕草なんだろうな。

で、めちゃくちゃ気になったんですけど、ツォンさんの口癖について

「次は誰が来るんですか?」
麦わら帽子に白いワンピースという、リゾート風の着こなしのイリーナが言った。
「さあ」
応えたツォンは、三つ揃いのスーツでビジネスマンを装っている。タークスという素性を隠すことには成功していたが、ふたりの組み合わせは、目立つことこのうえなかった。

「わたし、どうして倒れてたんだろう」
「さあ。溺れた影響ではないのか?」
自分も意識をなくしたことは黙っていた。
「そんなことあるのかな? そもそもわたし──どうやってここまで来たのかな。溺れて、気を失って──」
「さあな。わたしは偶然居合わせただけだ」

ツォンってこの「さあ」が口癖なんだろうか。レノも「さあな」と言っていたので、書き手自身の癖なのかな?と思ったけれど、やはりツォンさんだけやけに多用している。
口癖というより意図的に口にしているのかもしれない。仕事上、自分が持っている情報を明かさずに相手から情報を引き出そうとする時の、自分が相手より優位に立つための常套句なのかも。そう考えると何かこう、血が滾るような何かを感じますわね。

ルーファウス

エヴァンはおくびをこらえている。おそらく、天地が逆転するほどの衝撃を受けているはず。さもありなん、とルーファウスは思う。さあ、エヴァン。落ち着いて考えろ。何が望みだ?
「社長!エヴァン!もっとうれしそうにしてくれよ。離ればなれだった兄弟の再会だぞ!」
エヴァンは、はしゃぐレノをひと睨みしてからルーファウスに向き直る。
「何が望みだ」
エヴァンが振り絞るように言った。なるほど、おれたちは確かに血がつながっているとルーファウスは思い、最初は噛み殺して、しかしすぐに声を出して笑った。
「何がおかしい」
「血のつながりとはおそろしいな、エヴァン」
苦労してそれだけ言うと、また笑い出した、声を出して笑うのは久しぶりだった。レノとツォンが不思議そうに自分を見ているのがわかった。部下たちのその表情がおかしく、さらに腹の底から笑いが突き上げてきた。

「でも、ルーファウス神羅って迫力あったね。バカ社長なんて、もう呼べないな」
「ああ、勝てない」
「うん、いかにも頭が切れそうだし、冷静沈着にして大胆。ルックスもいいし、何より、心が大きい。理想の男って感じ」

我らが社長、ルーファウス神羅です。
ここまで印象が変わった~という評ばかりしてきたけど、ルーファウスだけは「既にあった要素」(切れ者でカリスマ性があり、どこか真意を掴めない凄みがある)を広げてきたな、という納得感があった。
登場シーンはかなり少ない。中盤でエヴァンと引き合わされたシーンがメインで、それ以外は序盤の1~2ページだけの会話シーン、以降は伝言や、電話越しの一言のみだったりする。なのでタークスの中でも一番出番が少なかった。
にもかかわらず、強烈なインパクトを読者に植えつけたのは流石と言ったところ。作者側としても、「そういうキャラ」として力を入れて書いたんだろうな、と感じられた。

仲間内に見せる面はけっこうお茶目で、冗談を言ってツォンを笑わせたり(あのツォンを!?)レノに甘い対応をしたりと、可愛らしい部分も見れてよかった。本作時点での社長の年齢設定はおそらく25歳前後で、30歳に改変されたリメイクより5歳若いからこそのお茶目さだろうか……いやリメイクでも闘技場にサプライズ参加して、部下をビビらせたりしてるのでこれは生来からのものな気もする。
無印時代は、タークスを従えていると設定されつつも、社長の登場シーンって単独でいることばかりで、彼らと実際どんな会話をしているのか全く情報が無かったんですよね。それがこんなにも和気あいあいとしていて結構意外だった。社長から冗談を言ってみんなを笑わせたりするし、予想以上にタークスに好かれていそうでびっくりしましたわよ。
本作を読むまで、タークスのコミカル担当というか、場を明るくしてくれるのってレノとイリーナかな~と思ってましたが、意外とレノ&社長な気がしてきた。イリーナちゃんも賑やかではあるんですけど、狂犬具合の方があまりにも強すぎます!

社長がエヴァンと相対するシーンは、社長だけでなくタークス大集合という感じなため、後でまとめてもっと語りますが、ルーファウスの人を動かす力はすごいなと思った。
初対面のわずか数分で、エヴァンの性格を見抜いて自分を人質に取らせる大胆さや、物怖じのしなささ。人質云々は色んな要因が絡み合って起こされたことだけど、あの行動を「引き出した」のは紛れもなく社長なわけで、おそらくそこが彼がトップとして君臨しうるカリスマ性なんだろうなと思った。
エヴァンよりもずっと短時間しか相対していないキリエにも、ここまで賞賛されている(引用部分)のを見ると、神羅カンパニーでもこうやって人を動かし続けてきたんだろうなあ……と実感できました。この短い登場時間で、エヴァン、キリエ、そして読者まで惹きつけてやまないその凄みに脱帽ですわ。

以下、お気に入りのシーン語り(~ルーファウス人質まで)

キャラへの萌え語りは終わりましたが、本作は登場人物そのものだけでなく、それぞれのシーンも印象的なので、特にお気に入りのシーンを引用して感想を書いていきたい。とりあえず好きだと思ったものを全部書き出したら膨大な量になったので、タークスが登場するシーンのみに絞ってここに載せることにした(それでも量が多すぎて、感想記事を分割することになったが……
社長が人質に取られる中盤までのものを載せています。人質シーンの前後はタークス大集結&エヴァンの見せ場なので、かなり連続してここに引用させてもらった。
イリーナ&ツォンは終盤にかけて出番が多くなるので、ここではあんまり取り上げられなかったのが悔しい。後編を書くときにはいっぱい登場シーンを取り上げたいですね。

「ここに来るまで、あちこちに怖い顔を見せてきたからよ、何もしないで帰るわけにはいかねえのよ。ちゃんと仕事して、おれたちをコケにした奴がどうなるかみんなに教えてやらないとな」
「こ、殺す気?」
答えを探し続けて出た言葉がこれ。しかも声がうわずっている。
「確かに、それが一番簡単だ。でもな、おれたちの目標は、ちょっと怖がられつつも、愛される神羅。嫌われたくはない。殺しちまうと、かなり、嫌われるからな。

エヴァンをしばきにレノとルードが来たシーン(喋っているのは主にレノ)このチンピラ・マインドが愛おしいね。実はこの時点でレノはエヴァンにルーファウスと血の繋がりがあるのでは? と疑っているので、かなり生ぬるい対応を取ってるはずなんですよね。

「いつの話だ、それ」
「十歳。エアリスは少し年上だったと思う。ねえ、そのあと、エアリスに会ったとき、わたしなんて言ったと思う?」
「さあな」
「気持ち悪いって言ったの」
「っとぉ」
「それからわたしは教会へ行かなくなった。(中略)その時に、エアリスはタークスに連れていかれたって聞いた」
「なあ、姉ちゃん。別の話、しようぜ」

車内でキリエとレノが会話するシーン。レノの相槌の軽妙さがなんだか好き。女の子を「姉ちゃん」呼びするのがチンピラ臭くていいですよね。レノだけでなくザックスも「おねえちゃん大ピンチ!」と言ったことあるし、FF7の男キャラは根底に不良マインドのある奴が多すぎる。

「この人、わたしのお尻を掴んだ。鷲掴み。最低!」
ホッとした。刺されたわけじゃなかった。
「身を守るためだ」
ルードは全く動じていない。
「お尻掴んだ! 偶然じゃない。狙って掴んだ。やらしっ! みなさーん!」
「静かにしてくれ」
「世間様に知られたくなかったら手を離してよ」

キリエとルードが取っ組み合いになって、当然ながらキリエが負けたあとの問答。やっぱりルードは女と絡んでこそ魅力が倍増すると確信したシーンですね。この後、キリエに椅子で殴られてたんこぶができてるルードが可愛い。

アネット・タウンゼント。ルーファウス神羅がその名を聞くのは初めてだった。その息子をレノが連れてくるという。しかも、間もなく到着するらしい。
(中略)
「会ってどうする」
「さあ──少なくともレノの気は済むでしょう」
「──ならば、会っておくか」

エヴァンがもうすぐ社長のもとに到着するというシーン。異母兄弟との再会を面倒くさがっている社長が「レノの気は済むでしょう」と言われて了承するの、あまりに萌えすぎる。レノ、甘やかされすぎだろと思うのだが、ここで会わなきゃ後でグチグチ言ってくるだろうし会っておくか~なニュアンスも含まれてるのかもしれない。いや、含まれてるとしてもやはり部下に甘い社長だなと思った。

「一応、帽子脱いどけ。ま、気にするような人じゃないけどな」
(中略)
「そりゃもう。感動のご対面だからな」
ルーファウスは苦笑する。異母兄弟と会うのは初めてではない。感動も、喜びもそこにはなかった。敵意、怯え、期待。相手の目に浮かぶのは、そのいずれか。
「社長、調子よさそうじゃねえか」
「ああ。しかし、そろそろ就寝時間だ。ここの夜は早い」
「はいはい。で、エヴァンの事は大体聞いてるんだろ?まあ、余計なお世話だった言われればそれまでだけどよ」
「では、それまでだ」
「社長!」

イメージ通り、社長は礼儀作法にはあまりうるさくないらしい。そしてやっぱり余計なお世話らしい。
何故レノがこんなにも異母兄弟に会わせたがるのか、読者も謎だがルーファウスにとっても意味不明そう。「どこかに顔も知らない兄弟がいるって聞いたら、おれは本気で探すぞ」とレノ自身言っていたので自分に置き換えて行動に起こしてるんだろうなとは思うものの、ルーファウスが肉親と再会して喜ぶようなタマでもないだろうと正直思う。もしかしたら「なんでもいいから社長に何かしてあげたい」という意識がちょっとでもあってこの行動を起こしたのなら微笑ましいね。

面倒だと思っていたが、本人を目の前にすると、ルーファウスは、相手を観察せずにはいられなかった。脱いだ帽子を両手で強く握りしめている。緊張しているのだろう。髪の色は同じだ。目は──目は父親譲りだ。そして眉も。輪郭は、自分は母親似なのに対してエヴァンは父親に似たようだ。総じて、我々は似ている。母親は違うが、女の好みに一貫性があったとすれば、それも必然だろうとルーファウスは納得した。

レノによると、目と眉と背格好が似ているらしいエヴァンとルーファウス。輪郭は母親似ということは、ルーファウスの方が若干女性的なんだろうか。しかし「父親の女の好み」という、息子にしてみれば知りたくもない情報を突き付けられるのって嫌すぎるな。

「社長って──ルーファウス神羅?」
エヴァンがレノに聞いた。
「ああ。バカ社長でいいぞ」
ルーファウスは質問を引き取り、応えた。
「生きてる──」
またレノに聞いた。
「死んだのは替え玉だ。おまえもその候補だが──見たところ、合格だな」
ルーファウスが応えると、エヴァンは口を半開きにして、レノ、ルーファウス、ツォンの順に見た。ツォンはうつむいて笑いを嚙み殺していた。

ルーファウス神羅の替え玉候補?
「冗談だぞ、と」
レノが声に笑いを滲ませながら言った。しかし、どこからが冗談なのか分からない。

うつむいて笑いを噛み殺しているツォン、「萌え」すぎる。

「エヴァン!」
遠くでキリエの声がした。
「エヴァン!」
声が近づいてくる。
「女か?情けない姿を見せるなよ」
ルーファウスが車椅子のまま近くへ来る。そして右足でおれを蹴った。弱弱しい蹴りだったが、おかげでおれは情けないショック状態から解放された。

蹴って相手を叱咤する社長、かっこよすぎる。本作の男キャラはこういうチンピラな仕草がナチュラルに含まれているのが好(ハオ)

「ルーファウスさん、なんとかして。あなたが命令すれば、すぐに終わるでしょう?」
キリエがルーファウスの腕に手を添えて懇願した。(中略)
「エヴァンがなんとかする」
ルーファウスはおれを見て言った。「選択肢はあまりないが、見せ場だ」そして、車椅子を回転させ、奥にある扉へ向かってゆっくりと移動する。無防備にもほどがある。今、襲えば──
「選択肢はひとつしかない」
おれは呟くと、ルーファウスを追い、車椅子を引き戻す。そして方向を変え、戸口の外に押し出した。
「レノ、ルード、こっちを見ろ!」
そう叫んだものの、その場にいる全員の視線を感じ、おれはたじろぐ。しかしもう引き下がれない。「社長の命が惜しかったら」惜しかったらどうする?「ふたりとも車から離れろ!」

エヴァンの仲間がカチコミに来たけれど、すぐにタークスに鎮圧されて大ピンチになっているシーン。
この土壇場で、リスクのあるふるまいをするルーファウスがすごい。しかも車椅子という、明らかに身体的なハンデを負ってる状態でこの作戦に賭けようとするのがよりすごい。エヴァンの性質を見抜いて、そうひどいことはしてこないだろうと確信してのことだろうけど。
しかしルーファウスもすごいが、「人質に取る」という選択肢を思いついたエヴァンもすごいんだよな。ここに来るまでの劣等感にさいなまれているエヴァンの姿を見てきているだけにそう感じる。

「勘弁してくれよ」
レノが首を振りながらこっちへ来て、階段を上がり始める。(中略)
「止まれ!」
レノは素直に従った。怒りに燃える目を想像していたが、タークスの目は悲しそうだった。自分でも意外なことに胸が痛んだ。(中略)
「バカなまねはよせよ──と」
おれは無視して静かにルーファウス神羅の首筋にナイフを近づけた。(中略)
「レノ。ルードと一緒にラボの様子を見に行け。ツォンには、手出し無用と伝えろ」
ルーファウスが突然指示を出した。
「マジっすかあ。社長、マジっすかあ!」
「おれも命は惜しい」
レノが渋々と、何度も振り返りながら階段を下りて行った。

絶対引用したいなと思ってた、多分一番好きなシーン。レノって「マジっすかあ!」とか言うんだとか、ルーファウスが一人称を「おれ」「わたし」で切り替えているのが判明するとか、いろんなことが判明して楽しい。ていうかマジっすかあ!の衝撃度がやはりすごい。マジっすかあ!って、言うんだ(二度目)

「わたしのガウンのポケットに銃が入っている。それを持っていけ」
おれは驚いてルーファウスを見る。両手を腹の上に乗せ、指を軽く組んでいる。手を伸ばせばポケットに届く。つまり、おれは殺されていたかもしれない。(中略)
「奥の部屋に弾が何箱かある。それも持っていけ」
キリエはおれにうなずいて奥の部屋へ入っていった。
「何故だ」
おれは思わず聞いた。
「帰るんだろう?荒野はモンスターが少なくないぞ。こんなナイフだけではどうにもならない」
「そういう意味じゃなくて」
「花を持たせてやる。ただし、これが最後だ。もし次があったら容赦はしない。たとえ血の繋がり──」

「さあ、行け」
「──早く良くなってね」
キリエがずいぶん言葉を探したという感じで言った(中略)おれも何か言わなくては。最善の言葉。おれたちの関係、そして別れにふさわしい言葉が必要だ。
「うらやましくなんかないからな」
なんて子供じみたことを、と思いながら、ルーファウスの反応を待つ。
「そうだろうな」
ルーファウスは表情を変えずに言った。(中略)おれは車椅子をロッジの中央に戻し、そして、ナイフの刃を畳んでルーファウスの膝に置いた。
「銃の代わりだ」

策略家らしいルーファウスの言動と、エヴァンの生来の善意さが光るシーン。ナイフをルーファウスに渡すところは痺れましたね。エヴァンはこれ以降ルーファウスに対してコンプレックスを抱いてばかりですが、土壇場でこういうやり取りができるところは他の男にはない魅力だと思うんですよ。
おれも何か言わなくては。最善の言葉。おれたちの関係、そして別れにふさわしい言葉が必要だ。」いいよねここ。どこが良いとはうまく言語化できないけど、いいよね……。

この記事での好きなシーンまとめはここまで。
中盤の一大イベントはこの人質シーンであり、ここからの展開は、タークスとエヴァン両名とも大きく動き出すんですよね。特にイリーナ・ツォンチームは二人であちこち動き出すので、名シーンが多い。また近いうちに後編をまた書きたいですね。
というわけで、小説感想は一旦終わり。1万5千字近い感想文を読んでくださってありがとうございました!